第649話 新事実
「代表は、父親から会社を継いでから俺達を作った。こいつがパク・ユンホに引き取られた時、テオはデビューしていないどころかパン先生は顔も知らなかったはずだ」
セスの疑問にパン・ムヒョンは微笑んで、出来の良い息子を褒めるように言う。
「そうだよ。よく気が付いたね。ここからは私が話すが、いいかね?」
代表は、もちろんですと、座る。
「テオくんの可愛さは幼稚園の頃から業界に知れ渡っていたんだ」
テオは、えっ!と、顔を上げた。
「お母さんから聞いていなかったのかい? スカウトマンが毎日の様に家を訪問していたと思うがね?」
「いえ……知りませんでした」
「まあ、お母さんは反対していたからね。ママ友が無断で写真をテレビ局に送ったり、オーディションに申し込んだりと大変だったらしいよ」
「そんな事、一言も……」
「中学生の時、ドラマのチョイ役に出た事があっただろ?」
「あ、はい。父の知り合いに頼まれたからって……でも、僕、恥ずかしくて一言も話せませんでした」
「そうなんだよ。顔は一流でも、中身は使えないと評価された。それでも、教えれば使いモノになるかもと何軒かの事務所は君を諦めなかったが、母親は反対しているし、君は大人と話をするだけで緊張して熱を出す始末で、金と時間を掛ける価値はないと判断された」
「ひど……ノエルは知っていたの?」
ノエルは髪をかき上げる。
「うん。テオのお母さんが困っていたからね。でも、テオも2度とテレビには出たくないって言ってたよね?」
「うん、そうだけど……」
「卒業文集に、アイドルになりたいって書いた時は度肝を抜かれたよー」
「え、そうだったの? 応援してくれてたじゃん」
「それはさ、テオは高校になっても夢が変わらなかったじゃん? だから、僕が舞踊学校に転入してテオに踊りを教えて応援したんじゃん」
「う、うん。そうだった」
作曲家パン・ムヒョンは業界の噂としてテオを知っていた。そして、他の芸能事務所のボイスレッスンに現れたテオを見て、我が友が拾って面倒を見ている女性に酷似していていると気が付いた。
テオはアイドルになりたいと思ってはいたが、具体的に何をすれば良いのか分からなかった。母親は気の多い息子の一時の気まぐれと思い、メンタルの弱い息子には無理だと相手にしない。相談できるのは親友のノエルだけで、ノエルだけが本気で夢を叶える方法を考えた。
少しでもテオに自信を付けさせる為に無料のボイスレッスンに連れて行ったが、テオはノエルに隠れているだけで、結局、その事務所でも目には止まっても声を掛けられる事はなかった。
しかし、パン・ムヒョンは違った。
薬物中毒を克服して戻って来たトラブルは、少しずつパクの仕事を手伝い始めていたが、それでも誰とも目を合わせず、誰にも懐かなかった。
同じ顔を持つ2人を引き会わせれば、どの様な相乗効果が現れるのか。
パク・ユンホは面白いとその話に乗った。
しかし、ただ会わせるだけでは他人のそら似で終わってしまう。
偉大な作曲家は優しい目をセスに向けて言った。
「パクは、父親の兵役逃れビジネスを暴こうとしていた代表に目を付けた。『テオを有名にしろ。それが手を引く条件だ。パン・ムヒョンが協力をする』とね」
セスは口を開けたまま頭を抱え、父の様に慕う作曲家を見た。
「待ってくれ! それじゃあ……先生は代表に誘われたのではなくパク・ユンホに乗って転職したと言うのか⁈ 俺達はゼノをデビューさせる為ではなく、テオの為に集められた⁈ 」
(第2章第175話参照)
ゼノもノエルもジョンも初耳だと目を見開いている。
ノエルが手を挙げた。
「それは、ないです。確かに僕はテオを連れて、ここのオーディションを受けました。でも、それは母が持っていた雑誌の広告を偶然見ただけで、誰かに言われたのではありません。僕達は本当に偶然に……偶然じゃなかった……?」
ノエルは青ざめてセスと代表を見る。
代表は「すまんな」と、悪びれずに肩をすくめた。
「ねぇ、ノエル、どういう事? わけが分かんないよ。僕にも分かる様に説明して」
テオに袖を引かれ、ノエルは我にかえった。
「テオ。母が持っていた雑誌……付箋が貼ってあったんだ。家にはない付箋が……母が女性誌を買うなんて珍しいと思ってたけど、母が買ったんじゃない。誰かが付箋を貼って渡したんだ。僕の目に付く様に……」
「ええ⁈ 代表がノエルのお母さんの所に行ったの⁈ 」
「違う……あの頃、父は仕事もせずに毎日、家にいた。外で母と会う事は出来ただろうけど、父は母が買い物以外で出掛けるのを嫌がっていたから、そんな時間はなかった。代表が訪ねて来ていたら父にも知れて、父は金づるになるならと簡単に僕を差し出したはずだし、それではテオの家族を説得出来ない。母にすら、そうとは知られずに雑誌を家の中に置かせたんだ」
ノエルは記憶を
「テオの家や学校の周りには、いつも、ファンの女の子やスカウトマンがウロウロしていて……母がそんな人達を相手にするはずないし、同世代の人といってもテオのお母さんとしか交流はしてなかったし……まさか……まさか!」
代表は、今度はテオに向かって「すまんな」と、言う。さっぱり、意味が分からないテオはキョトンとしたまま、返事が出来ずにいた。
セスは、あんぐりと口を開いたまま言葉を失っているノエルに代わり、薄笑いを浮かべてテオに話す。
「お前の母親が、雑誌をノエルの母親に渡したんだ。そうだな……美容院かどこかで同じ学校の保護者を装った奴に『転校してしまったがノエルと一緒なら安心』『ノエルだけ合格すれば諦める』もしくは『テオだけが合格してもノエルがいなければ、すぐに戻る』などと、吹き込まれて、偽造した雑誌を受け取り、付箋を貼って渡した」
「……ノエルのお母さんが?」
「バカかっ、代表に雇われた誰かがだっ。テオの母は息子に諦めさせる為に、ノエルの母に同じ事を言って雑誌を渡した。ノエルの母は、息子が舞踊学校に転校したのは単に手に職を付けたい為だと思っていたから、万が一、息子だけオーディションに受かってしまったらと心配したんだ。しかし、友人の気持ちも分かる。わざと本人の目に付く場所に付箋を貼ったまま置いて、息子の意思に任せたんだ」
ノエルは髪をかき上げる。
「何でも、自分で決めなさいってのが口癖だから……」
「でも、ノエルがその雑誌を見なかったら? 見ても僕を連れてオーディションに行くとは限らないでしょ?」
「見れば絶対にお前を連れて来る自信が、代表にはあった。なぜならば、第1期生の募集は審査が緩く、応募人数が多いのが
「セス、当たり〜」
ノエルが笑う。
テオは、でもと、続けた。
「でも。もし、見なかったら?」
「テオ、お前はここにいない。ノエルもな。代表はパク・ユンホの交換条件に興味はなかった。ただ、子供達を救う最短距離だと考えて乗っただけなんだよ」
「ゼノみたいに、本当にアイドルになりたい練習生の事?」
「そうだ。お前とトラブルを出会わせて何になる? パク・ユンホは面白いと画策したが、他人には何の意味もない事だ」
「パク先生はどうして僕達を……付き合うかもって気付いていたの?」
その質問には、トラブルが答えた。
「パク・ユンホは……」
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