第354話 関わり合いたくない嫌なヤツ


「チョ・ガンジンさん? どこかで会った?」

「俺達のデビューが決まって、今の宿舎に越した頃に辞めたマネージャーだ」

「セス、よく覚えていたねー。僕、全然思い出せないよ」

「テオの記憶力と一緒にすんな」

「ノエルとジョンも覚えてないもん!」

「テオ、僕とジョンを同じにしないでくれる?ゼノとめてたんだよね?」


 ゼノは顔をしかめた。


めたわけではありませんよ。やり方が卑怯というか……とにかく理不尽なルールを押し付けて来るので、正そうと言い返していただけです」

「うわ! 僕、すごく嫌な事を思い出しちゃった」

「何? ノエル」

「そのチョ・ガンジンさんに、殴られそうになった事があるんだよー」

「ええ⁈」


 マネージャーが振り向いてノエルに言った。


「その話、詳しく教えて下さい。いつ、どこでですか?」

「え、えーと、ゼノが彼女の家から帰って来なくなってた頃……宿舎で、掃除と炊事をセスにやらせるなって言われて、理由を聞いたら年下がやるもんだって言うから、得意な人がやればイイじゃんって返事をしたら、生意気だって怒り出したんだよ」

「それで、殴られそうになったのですか?」

「ううん。じゃあ、ジョンに言ってて言ったら震えて怒り出して。面白いから、あなたの得意な事は何ですか? って聞いたら、胸ぐらをつかまれた」


 ノエルは嫌な事を思い出したと言いつつもケラケラと笑ってみせる。


「ノエル、面白いって……それはノエルが悪いよ」

「チョ・ガンジンにとっての嫌な思い出だな」

「何でだよー! 怖かったんだからねー!」


 マネージャーは手を振って、笑い合うメンバー達を止める。


つかまれたのですね? で、どう、その場が収まったのですか?」

「あー。確か、ジョンが学校から帰って来て、話がれたんじゃなかったかなー」

「ジョンは? ジョンは、その様な目に遭った事はありませんか?」

「僕? 僕は……あー……」

「覚えていないな」

「うん! ない!」

「あの、どっちの意味ですか?」

「んーと、ない!」

「えー……分かりました。テオとセスは? チョ・ガンジンに嫌な事をされましたか?」

「ううん。思い当たらないけど」

「俺は、給料を現金で渡してくるから明細書を見せろと言ってから避けられていた。領収書を書いて渡したら、通帳とカードを返して来たぞ」

「うわ。可愛くない子供だねー」

「ノエル、私もセスを見習って通帳とカードを返してもらいましたよ。皆にも返す様に言っておいたのですが?」

「辞める時に返してもらったよ。他のマネージャーからだけど」


 マネージャーはメンバー達の話しを熱心に聞いていた。セスは、その様子に疑問を投げ掛ける。


「チョ・ガンジンが練習生でも殴ったのか? で、昔を知るマネージャーに、過去に同様の事件を起こしていないか聞いて来た?」

「あ、いえ、確信がなく証拠を探している様でした」

「練習生への暴力行為か……体のあざだけでは証明は難しいな」

「チョ・ガンジンさんにやられたって言えばイイんじゃないの?」

「バカか。本人が被害を訴えたら代表はすぐに対処するさ。こっちにいるマネージャーに電話してくるって事は第三者が異変に気付いたって事だろ。例えば、ユミちゃんがメイク中にあざを見つけたとか、トラブルが怪しいケガを報告したとか」

「そっかー」


 セスの話しを聞いたマネージャーの口は、ポカンと開いていた。


「どうして……どうして、そこまで分かるのですか⁈」

「お、図星だったか」

「はい。トラブルとユミちゃんが虐待と横領の調査をする様です」

「な! なんで、トラブルが⁈ ユミちゃんにも無理だよ! やめさせてよ!」

「代表にはチョ・ガンジンは気の荒い奴だと伝えてあるので、女性2人だけに全てを任す事はないと思いますが」

「思いますって……トラブルだよ⁈ 危ない事させないでよ! セス、やめさせてよ!」


 セスはマネージャーの顔を見て考える。


「その虐待と横領って言葉は、代表が言ったのか?」

「え、いえ。虐待とトラブルが言っていると。横領は……代表から言われました」

「そうか……あいつが気付いて代表に報告したのなら代表も動く。代表が動けば、あいつは安全だ。代表は『クズ』ではないからな」

(第2章第308話参照)


「セス、どういう意味?」

「代表は女の方がチョ・ガンジンが油断すると踏んだんだ。でも、援護は必ずする。必ずあいつとユミを守る」

「セス、絶対って言える?」

「ああ、絶対だ」

「分かった、信じるよ……調査って何をするんだろう」

「横領の証拠は金の流れを調べれば、すぐに分かるだろう。虐待は、練習生の証言と医師の診断、それと録音や録画だな」

「じゃあ、そんなに危険な事はないね」

「当たり前だろ。ドラマの見過ぎだ」


 メンバー達を乗せた移動車は会場に到着した。


 フェンスに囲まれた駐車場は、すでにファンが取り囲んでおり、黄色い声援を送っている。


 メンバー達は、ファンに手を振りながら会場入りをした。


 遅い昼食をりながら、マネージャーはチョ・ガンジンがテオとジョンに手出しをしなかったのは何故かとゼノに聞いた。


「あー、なんででしょうね。私との関係に意識が向いていたからでしょうか。何せ嫌われていましたからね」

「ノエルには、厳しく接していたのですよね?」

「うん、口うるさく言われていたよ」

「僕達が可愛かったから〜」


 ジョンが愛嬌を見せるが、セスは否定した。


「お前らは、代表のお気に入りだったからだ」

「そうですね。ジョンとテオにはデビュー前から密着カメラが付いていましたし」

「僕にも付いてたよー」


 ノエルが口をとがらせる。


「時々だろ。メンバー全員のビハインドを撮る時だけだったろうが」

「う、そうか……」

「人を見て態度を変えて……計算づくって事なんですね。関わり合いたくない人ですよ」

「ああ、俺もだ」

「ノエル、スミマセン。そんなに目に遭っていたなんて……」


 マネージャーは、始めて聞く話しに肩を落とした。

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