第220話 キス or グーパンチ

 

 トラブルは足早に医務室に向かう。


(今日はレントゲンを撮って、骨の位置を修復出来れば簡易ギプスで固定。出来なければ、CTを撮って、骨折の種類によっては手術になる。どちらにしろ入院だな……)


 医務室のパソコンの前に座り『ソウル中央病院』と検索する。


 午後の診療時間は過ぎ、準夜間外来の時間になっていた。


(ちょうど、勤務変更の時間帯か……微妙だな。病棟に整形外科医はいるだろうが、緊急手術に対応してくれるだろうか……2週間後のツアーは、ギプスを巻いて参加することになる。ノエルは皮膚が弱いから汗をかく事は、させたくないが……)


 トラブルはパソコンに肘を突き、はぁと、ため息をく。


 その時、医務室のドアが開いた。


 テオかと思いトラブルが顔を上げると、そこにはセスが立っていた。


 思わぬ訪問者をいぶかしく見つめる。


「事故だ。お前のせいじゃない」


 開口一番にセスは言った。


それは、テオに言ってあげて下さい。


「テオには、ゼノが付いている」


そうですね……事故でも、私には想定出来た事故です。


「振り付けが悪い」


 セスの言葉にトラブルは鼻でフッと笑い、顔を上げる。


私を慰めに来たのですか?


「いや……ノエルはどうなる?」


骨折の種類によっては手術になります。今日は入院すると思います。もし、手術をしたら全治3ヶ月といった所です。


「3ヶ月か……あそこの病院は、そんなに良くないのか?」


情報開示しないのは自信のなさの表れだと思います。時代遅れです。


「そうか……」


 そのままセスは黙り込み、立ち尽くしていた。


 トラブルは、セスがなぜここに来たのかと様子を観察した。


 医務室の真ん中で、ただたたずんでいる。悲しそうな苦しそうな表情で、その手は拳を握っていた。


(もしかして……)


 トラブルはセスの前に立つ。


セス、怖かったのですか?


 セスはトラブルから視線を外し、答えない。


 肩を落とし、しかし拳には力が入り、小刻みに震えている。


(ああ……気付かなくて、ごめんなさい。目の前でれあがって行く手を見せられて、私と代表の間に挟まれて…… 恐ろしかったに違いない)


 トラブルはセスを抱きしめた。


 セスは微動だにしない。


(テオにはゼノとジョンが付いている。ノエルには代表が。私とセスは1人……いや、セスだけ、いつも1人……)


 セスは自分の右手をつかんだ。


 それに気付いたトラブルは体を離し、セスの右手を見る。


痛いのですか? まさか、ノエルと同調シンクロしている?


「戻れない……骨がきしんで……助けてくれ……」


 セスはトラブルに右手を預けたまま、床に崩れる様に膝を付いた。


 トラブルもセスを支えて膝立ちをする。


(どうしよう……どうすれば……)


「ぐっ」


 セスは右手を抱え、苦痛の表情を見せた。目をつぶり、頭を下げて耐えている。


ダメです。セス、気をしっかり持って。私を見て下さい。


 しかし、痛みに耐えるセスには手話を読む余裕はない。


(何か…… 何か、もっと強い刺激は……)


 トラブルは意を決してセスの頬を両手でパチンと挟み、唇に唇を押し付けた。


 セスの目が大きく見開かれる。


 時間が逆回転する様に、意識がノエルの右手からセスの右手を通り、唇に到達した。


 セスは、ノエルの中からトラブルの前に戻った。


 トラブルは唇を離し、必死な形相のままセスを見る。


 セスから苦痛の表情が消え、驚きの顔になっていた。


大丈夫ですか?


「あ、ああ」


まだ、痛みますか?


「いや…… 痛まない。戻った」


 トラブルは、ほーっと力が抜け、床に座り込む。


 セスも床に座り「自力で戻れなくなるなんて、始めてだ」と、つぶやく。


「無意識に入ると出られなくなるのか……」


気を付けて下さい。


「……また、戻れなくなったら頼む」


 セスはニヤリとしながら唇を指で触る。


次は、グーパンチします!


「ハハハー!」


 セスは立ち上がり、トラブルの手を持って立たせる。


「テオを、ここに寄こそうか?」


彼が望むなら……テオには内緒にして下さい。


「あー、グーパンチでも良かったのに、キスを選んだ事か?」


あれは緊急避難措置であり、対処法が分かったので、二度とやりません!


「ハッ」


 セスは笑いながら、パソコンの画面に出ている病院の見取り図を見る。


「イム・ユンジュを送り込めないからって、自分が忍び込むつもりか?」

(第2章第190・191話参照)


そんな事しません! もう、帰って下さいっ!


 セスは笑いながら医務室を出て行った。

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