第433話 リム・シンナー


「この色? これは……曲のコンセプトに合わせて用意された中から……ヘアメイクさんに言われて選んだんだよ」

「曲?」

「うん。歌手をしているんだ」

「歌手……アイドル?」

「うん、そうだよ」

「……有名?」

「あー、どうかな。君が知らないくらいだから、あまり、有名じゃないのかも」

「あ、テレビ見ないから……」

「いいよー。僕もテレビは、あまり見ないから。出るだけ」


 女性は、無言で下を向いてしまった。しかし、ノエルの頭にピンクの花が思い浮かぶ。


「あはっ! ピンクのモヤモヤから、お花に変わったよ。嬉しいなぁ」


 女性は顔を上げた。その表情は戸惑いながらも明るい。


「ねぇ。僕の考えは君には、どう見えるの? 僕と同じで色や形?」

「いえ、具体的には何も……ただ、何となく伝わって……来ます」

「そうなんだー。君みたいな子は初めて会ったよ」

「……私も、私の色と形を見た人は初めてです」


 ノエルは本名を告げた。


「皆んな、ノエルって呼んでる。君の名前は?」

「私は、リム・シンイーです」

「中国の方?」

「いえ、母が……私は韓国人です」

「学生さん?」

「はい」

「高校生って事はないよね。大学生?」

「はい」

「どこの大学に通っているの?」

「……」


 灰色のモヤモヤが浮かぶ。


「あ、ごめん。怖がらせるつもりはないんだよ。本当、ごめん」

「いえ……怖くはありません」

「そっか、良かった」


 ノエルは髪をかき上げる。


 シンイーは、その仕草に見覚えがあった。


(駅のポスターの……人?)


「困ったな……こういうの得意なんだけど、君には通じないみたいだ」

「こういうの?」

「えっと、正直に言うよ。君と……友達になりたい」

「……」

「このまま、会えないのは嫌なんだ。初対面で変だと思うけど、僕はずっと前から君を知っていた様な気がしていて……だから……」


(僕は、きっと君に恋をする……)


「あ、あの、僕の連絡先を教えるから。君のも教えてくれないかな? ダメだったら、僕のを教えておくから……」


 再び、ノエルの脳裏に灰色のモヤモヤが浮かんだ。


「あ、やっぱり怖いよね……」

「いえ、違います……あの……」


 シンチーは手を振って、困った様に考える。


(あ。あの、灰色のモヤモヤは、答えを考えている時なんだ)


「ごめん、悩まないで。これ、僕の連絡先だから……」

「あの、来週、この時間、この場所で会うのは……?」

「……ごめん。来週は外国に行っていて……ツアー中なんだ。戻るのは1ヶ月後で、ハッキリとしたスケジュールが分からないんだよ」


 青い液体がれる映像が浮かぶ。


(これはー、残念がってくれている?)


「僕も、残念だよ。……じゃあ、引き止めてごめんね。あの……バイバイ。さようなら。また、いつか会えるとイイね……」


 黄色い尖った映像が見えた。


(イライラしてる? 僕に? 自分に? どっちにしても、さよならだ)


 ノエルは後ろ髪を引かれながら、立ち去ろうとした。


 黄色い尖ったモノがキラリと光った映像がノエルの頭に浮かんだ瞬間、シンイーは勇気を振り絞って言った。


「わ、私も残念です。私は芸術大学でデザインを専攻しています。今、大学4年生です。こ、これ……私の連絡先……」

「あ、ありがとう! スケジュールがハッキリしたら連絡するね。必ずするから」

「は、はい……あの……」

「なぁに?」


(頑張って下さいとか?)


「学校に戻らないと……」

「う、うん、そうだよね。じゃあ……勉強頑張って」


 リム・シンイーは頭も下げず、きびすを返して走り去って行った。


 背中を見送るノエルに、白いキャンバスに書かれたピンクのヘアスタイルだけの絵が浮かんで見えた。


(あはっ! 最後まで僕の髪が気になってんだー。不思議な子……完全に彼女のペースだった。こんな事、初めてだよ……)


 ノエルは早速、シンイーにメッセージを送る。


『話せて嬉しかったです。今度、会う時は髪の色は黒に戻しておきます』


 シンイーはバスの中で、そのメッセージを受け取った。そして、中吊り広告にノエルを見つける。


(ピンクの髪……この人だ。私、芸能人とライン交換しちゃった……)


 次のバス停でシンイーの数少ない友人の1人が乗って来た。


「おはよー。あ、また、エプロン付けたまま家を出たの? みっとも無いんだからー。少しはオシャレをしなさいよー」

「うん……」

「髪もボサボサじゃない! ほら、直してあげるからー」

「ありがと。あの、この人、知ってる?」


 シンイーは、広告のノエルを指差す。


「知ってるも何も、有名じゃない。確か今、ワールドツアーから帰国しているんじゃなかった? ほら、この、ノエルって子、骨折しててギプスを外しに帰国しているはずよ。それが、どうかしたの?」

「ううん。何でもない」


(やっぱり、ノエルだったんだ……)






 テオはトラブルからのビデオ電話で目が覚めた。ノエルのベッドの上でボーッとしながら、しばらく状況を整理する。


(あー、そうか。昨日は、ここで寝ちゃったんだ。あ!トラブル!)


「トラブル、おはよ。ごめん。今、起きたよ。何時だ? ……げ、11時⁈ 寝過ごしちゃったよ!今、どこにいるの?」


宿舎の駐車場にいます。


「本当⁈ うわ、荷物まとめてないよー。ごめん、上がって来てー。あれ? ノエルは? 帰って来てないみたいだけど?」


分かりません。


「ま、いいや。取りえず……やっぱり駐車場で待っていて」

 

 テオが部屋を出ると、セスが朝食を作っていた。


「おはよー。セス、いい匂いだね」

「ん。サンドイッチあるぞ」

「食べたいけどトラブルが迎えに来ちゃってて」


 テオは走って洗面所に行く。


「テオ、おはようございます。一緒に洗濯をしますよ」

「あー! ゼノ! お願いがあります! 洗濯したら僕の下着類を持って空港に行ってくれる? 明日、直接、トラブルの家から行くかもだからさー」


 ゼノはけわしい顔をする。


「テオ。マスコミとファンの目がある場所にトラブルと現れてはいけません。宿舎に戻って来て下さいよ」

「そ、そうだよね……じゃ、畳んで置いておいて!」

「どれを持って行きますか?」

「ノエルに聞いて!」

「ノエルにって……」


 テオは大急ぎで洗面を済ませ、簡単なお泊まりセットを作り、ヘルメットをつかんで宿舎を飛び出して行った。

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