第434話 バイクの後ろで寝たら大変!


 宿舎の駐車場で、トラブルはバイクにまたがったまま待っていた。


(余裕を持って来たつもりだったけど、やはり寝ていましたか……今日は、昼寝日和だし、お昼寝デートにしようかなぁ)

 

 暑さのやわらいだ晴天を見上げる。


「トラブル、お待たせ! ごめん、待たせて……」


 テオには、振り向くトラブルが、まるで映画の様にスローモーションで、しかもキラキラと輝いて見えた。


(うわー……まぶしいよ)


 立ち尽くすテオを見て、トラブルは首を傾げる。


 テオは我に返り「綺麗だね」と、真顔で言った。


 トラブルは大口を開けて笑い飛ばす。


「何で、笑うのさー。綺麗だと思ったんだよー」


 ふくれるテオに、トラブルは笑いながら手話で言う。


テオに言われても嫌味いやみにしか聞こえませんが?


「本当に、そう思ったんだよー。もー、褒めたのにー」


 テオは、口をへの字にしてヘルメットをかぶる。トラブルもそれにならい、エンジンをかけた。


 テオはトラブルの腰につかまる。


 軽やかに走るバイクの後ろで暖かい風に吹かれながら、テオは懐かしさを感じていた。


(久しぶりに乗ったけど、もっと前から知っていた様な気がする。子供の頃……ノエルの自転車の後ろ……)


 漢江ハンガン水面みなもには、夏の灼熱感が消えた優しい日差しがチラチラとまたたいている。


 テオのまぶたが、スーッと閉じた。


 その時、トラブルはテオが手を緩めたと感じた。


 ハンドルから片手を離し、テオの手首をつかむ。


(テオ……?)


 前傾ぜんけいだったテオの上半身が徐々に立ち上がり、そして、後ろに倒れ始めた。


(テオ!)


 トラブルはつかんだ手首を引き寄せる。しかし、すぐにまた、後傾こうけいになる。


(寝てる⁈ )


 トラブルは、このままバイクを走らせていては転落の危険があると判断した。


 漢江ハンガン沿の幹線道路の路肩にバイクを停める。


 テオは、その振動で目が覚めた。


「ん、着いたの?」


 トラブルは手話で何か言うが、後ろから読む事は出来なかった。


「何? トラブル」


 トラブルはテオにバイクから降りる様にジェスチャーで言い、自分も横に立って手話をした。


寝ては、危険です。


「あー、ごめん。気持ち良くて」


もうすぐ着きますが、我慢出来ますか?


「うん、寝ない様にする。何か買って行く?」


いいえ、買い足すモノはありません。


「そっか」


 テオは、うーんと、伸びをした。


「よし、大丈夫。秋晴れって感じで、いい天気だね」


 行こうと、テオは微笑んだ。


 2人を乗せたバイクは、再び、幹線道路に入る。テオは、幸せな気分でトラブルの背中に抱き付いた。


 トラブルはコンビニの手前でハンドルを切り、あしの隙間の砂利道を下る。


 テオは家を見上げる。


 青い家はテオを歓迎していた。


「トラブル、僕に鍵を開けさせて」


 トラブルは鍵を投げて渡し、ヘルメットを外す。テオは少しドアを持ち上げる様にして、ドアを開けた。


 玄関から薄暗い室内を見て、目が慣れるのを待つテオの背中を押して、家に入った。


 2階に上がり、高い天井を見ながら深呼吸をしたテオは、早速、キッチンで料理を始めようとするトラブルを後ろから抱きしめる。


「本当に、ここはリラックス出来るよ。このまま、抱きしめたまま、ずっといたい」


 トラブルも微笑みながらテオの腕をさする。すると、テオのお腹が、グーっと大きな音を立てた。


「ごめん。あれが目に入ったせいだ」


 テオは、テーブルの皿に並べられたサンドイッチを見る。


「トラブルが作ったの? 今朝さ、セスも朝食にサンドイッチを作っていて、すごく食べたかったんだ」


朝食をれないだろうと思い、作っておきました。


「さすがー。食べていい?」


はい。飲み物は何が良いですか?


「あー、眠気の飛ぶモノ」


カフェインの含まれている飲み物は紅茶しか、ありません。


「ん、じゃあ紅茶で。トラブルがいつも飲んでいる入れ方でちょうだい」


 トラブルは湯を沸かし、ガラスのティーポットに茶葉を目分量で入れる。お湯を注ぎ、ティーポットの中で茶葉がクルクルと回り、抽出されるのを待った。


 テオは、次第に色づくティーポットを眺めていて、また、睡魔に襲われた。


「うーん……」


 目をこするテオの前に、トラブルはティーカップに注いだ紅茶を置いて聞く。


少し、眠りますか?


「ううん、お腹空いたし……昨日、シャワーを浴びる時間もなくて、今、僕、メイクも落としていなくて汚いから……」


では、早く食べてシャワーをしましょう。


「うん……一緒に入る?」


 テオはニヤリとしてトラブルを見る。


 トラブルは、口パクで “嫌ですー”と、言った。


「ちぇー。いただきまーす。ん! これ、セスのサンドイッチと似てる! 美味しーよ」


似ていますか? どの辺が?


「玉子がゆで卵じゃなくて、玉子焼きなところ。セスは茹でる時間がないからって、いつも、こういうサンドイッチを作るんだー」


私もです。スクランブルエッグにする時もあります。


「そう! セスもそうだよー。似たモノ同士なんだねー……ちょっと、けちゃうな……」


 トラブルはテーブルに身を乗り出して、うつむくテオの頬にチュッとキスをした。


「……ありがと。トラブル、大好きだよ」


 テオはトラブルの唇にキスを返す。

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