第72話 ドライブ


「嫌だ……こんなの嫌だ!」


 テオは後ずさりをする。


「どうしたの⁈」


 ノエルは驚いた顔を見せた。


「僕、トラブルの名前も過去の事も全部本人から教えてもらってない。電話番号までこんな風に知りたくないよ。こんなの嫌だ。その他大勢には、なりたくないよ」

「テオがその他大勢に入るわけないよ」


 ノエルが慰めるが「違う、そうじゃなくて……えーと……」と、テオは言葉を探す。


「たまたま、『似ているだけ』だからか?」


 セスの言葉に、ハッと顔を上げた。


「うん……そう。僕はトラブルの事好きだけど、トラブルにとって僕は『似ているだけ』の人だ」

「そうだな。お前はもっと頑張らなきゃだな」

「うん。こんな風に簡単に電話番号を手に入れちゃいけないんだ。僕はもっと頑張らないと」


 セスがテオの肩をポンと叩いた。


「じゃ、帰りますか」


 メンバー達は、車に向かう。


 バイクの周りには誰もいなかった。


 車は駐車場を出て宿舎へ向かうはずが、反対へ曲がった。


「ゼノ、どこに行くの?」

「んー、ドライブしたくなりました」

「わーい! 海、見に行こうよ! 」

「ジョン、すみませんね。そこまでの元気はありません」


 ジョンは口を尖らせてシートにもたれ掛かる。


 車は川沿いへ入った。土手の上の真っ直ぐな一本道は景色が良く、気持ちいい。


「ほら、会社が見えて来ました。この土手でランチしてる人、結構いるんですよ」

「本当だ。こんな近い所に、こんな場所知らなかったよ」

「川がきれい」

「あ、トラブル」


 突然、ゼノが減速した。


「え!どこ⁈」と、テオ。

「もう、後ろです!」


 トラブルはカン・ジフンと道路を渡り、土手を下りていく所だった。


 メンバー達の車と、すれ違った事は気が付いていない。


 一瞬の出来事が、テオの目には、ゆっくりとスローモーションのように映った。


 カン・ジフンがふり返り笑顔を向ける。後ろのトラブルも笑顔で応えている。


「会社に戻るとこだな」と、セスはバックミラーを見ながら言う。


「ねえ、テオ、一緒にいたのって誰?」


 ノエルは一瞬のことで、よく見えなかったと言う。


「カン・ジフンさん……」

「あ、ああー……」

「いいなー、僕もピクニックしたーい!」


 ジョンが大きな声を上げた。


「なんで、ピクニックだと思うんだ?」


 セスは怪訝な目を向けるが、ジョンはケロリと答えた。


「だって、ピクニックシートとテイクアウトの袋、持ってたじゃん」

「今の瞬間で見えたのか?」

「僕の、どーたいしりょくは、天才的なんです」

「ひらがなで言ってるだろ」


 セスが突っ込む。


「動体視力が天才って言いませんよー」


 前を見たまま、ゼノが笑った。


 テオは少なからずショックを受けていた。


(うわ、嫌だ。なんだか悲しい……そして、腹が立つ。なんで腹が立つんだ? 誰に?)


 そんなテオの様子を見て、ノエルはメモを思い出していた。(第1章第49話参照)


 あのメモには、テオの事を男性として好きと、書いてあった。


(トラブルはテオを諦めたのかな…… それとも待っているのかな…… 何で僕はメモの事をテオに隠しているのだろう…… 知れば、きっと喜ぶのに…… )



 車はソウルの街を大回りして宿舎へ帰った。

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