第193話 医師と配送屋


 セスはパソコン前に座り「ん」と、顎でテオにベッドに座れと言う。


 テオはセスのベッドに腰を下ろしながら、殺風景なその部屋を見回した。


「セスの部屋、久しぶりに入った」

「そうだな」

「あの、話っていうのは……」

「すまなかった」


 セスは、まっすぐにテオの目を見て謝る。


「なんでセスが謝るのさ。僕が頼んだ事だし、それに僕が見たのはトラブルの心を傷つけた僕だったんだ」

「テオ自身?」

「うん、僕、正論だけをトラブルにぶつけてしまった。簡単じゃないのに、トラブルの事を考えてあげた気になっていたんだ。それを教えてくれたセスに、ありがとうを言いたくて」

「お前は本当にお人好しだな……」


 視線を外して、いつもの様に鼻で笑う。


(そして俺なんかより、ずっと強い……)


「トラブルにも謝らなくちゃ」

「まだ、謝ってないのか?」

「うん、チューばっかりしてた」

「けっ!」


 セスは椅子を回し、テオに背を向ける。


 テオはお構いなしに話を続けた。


「でね、どう思えばいいのか、分からない事があって……セス、聞いてる?」

「何が分からないって?」


 セスは椅子を回し戻し、面倒臭そうにテオを見る。


「あのね、救急車で運ばれた病院にイム・ユンジュ先生が来たの」

「何⁈ 来た? 居た? どっちだ?」

「来たの。でね……」


 テオは病院での顛末てんまつを話す。


「イム・ユンジュが務めている病院にテオが搬送されたって事か?」

「ううん、以前勤めていて、で、次期外科部長だったって。セス、覚えてる? ほら、トラブルが……」

(第2章第118話参照)


「チェ・ジオンと刺されて搬送された病院にテオも搬送されたのか」

「そうなんだよ。すごく大きな病院だった。医学部とか看護学部とか薬学部とか、エレベーターの前に矢印がたくさんあって、今でも知り合いがいて、救急外来の先生がイム・ユンジュ先生を見送りに出て来たんだよ。検査結果もすぐに渡していたし」

「今でも、影響力があるって事か。で、お前は何に引っかかっているんだ?」


 テオはテオなりに考えを伝えようと一生懸命に話した。


「そんなさ、そんな大きな病院の偉い先生が、トラブルの言う通りに僕をに来てくれて、送ってくれて……だって、トラブルの背中を縫って人生が変わってしまったんでしょう? 普通、トラブルを恨んでいないのかな」


 セスは腕を組み直して考え込む。


「セスにも、分からない?」

「いや。お前が何に引っかかっているのか分からない。カン・ジフンと同じ事だと思うけどな」

「同じ?」

「好意があるから、あいつの前に現れる」

「同じじゃないよー。大きな病院のお医者さんだよ? 地位も名誉も権力も、全部、失くしたんだよ? それでもトラブルに好意があるって、トラブルの事、よっぽど……」

「愛してんだろうな」


 セスは今更なにを言っているんだと言い放つ。


 テオは、目を大きく見開き、ついでに口も開いた。


「僕、どうしよう! トラブルを取られちゃう!」

「お前さー、カン・ジフンの時と反応が違くないか?」

「だってさ、医者だよ? 背も高いし、かっこいいし、トラブルと専門用語かなんかで話しちゃってさ、頭いいに決まってるし、僕なんかかないっこないよ!」


「お前……」


(意外と俗っぽい考え方するんだな……)


 セスは呆れた顔をして、テオを指差す。


「……まあ、いい。あいつにイム・ユンジュの事をどう思っているのか聞けばいいだろ。あいつが友人と言ったら、それを信じるんだろ?」

「カン・ジフンさんとは違うよ! 」

「何が違うんだよ。配送屋と医者では、医者の方が勝ちってか? 配送屋には勝てて、医者には勝てないなんて、なぜだ? 学歴? 社会的地位? 年収? そんなもので、あいつが相手を選ぶと思うのか? あいつに失礼だろ」

「う……そうだけど。イム・ユンジュ先生がトラブルにここまでする理由は、トラブルを愛しているからで、僕には出来ない事を先生は出来て、僕には分からない言葉でトラブルと話せて、僕の知らないトラブルを知っていて……」


 セスはテオの悪い癖が出ていると眉毛を上げる。


「イム・ユンジュと自分を比べて、どうするんだよ。カン・ジフンと比べないのは自分の方がまさっていると思っているからか?」

「そんな事、思ってないよ!」


 心外だと声を荒げるテオに、セスは、はぁーと、ため息をいて、しばし考える。


(どう言えば、テオに伝わるか……)


「テオがあいつを……トラブルをここまで考える理由はトラブルを愛しているからで、イム・ユンジュには出来ない事をテオは出来て、イム・ユンジュには、分からないテオ語でトラブルと話せて、イム・ユンジュの知らないトラブルをテオは知っている。違うか?」


 テオは眉間にシワを寄せて目をクルクルと回して考える。


「えーと……違わない」

「だろ? あいつは物凄く鈍感だ。でなければ、自分に好意を持つ男を顎で使う、したたかな女だ。カン・ジフンを使って引越しをし、イム・ユンジュを使って自分の彼氏を助ける。俺の言いたい事は、あいつの行動はすべてテオの為って事だ」

「すべて、僕の為?」

「そうだ。だから、こっちには勝てるけど、こっちには勝てないなんて、くだらない考えは止めろ。テオで勝負だ」

「そ、そうか……僕で勝負だ! あれ? トラブルは、すでに僕の彼女だよね? 」

「彼女だけれど、相手の気持ちが誰かに動けば終わりだ。だから、テオに出来る愛し方であいつを愛し続けるしかない」

「うん、分かった。頑張る。セスありがとう。やっぱり、セスに相談して良かった」

「どうも」


 テオは、おやすみと部屋を出て行った。


 セスはベッドに倒れ込む。


(あー、疲れた。何やってんだ、俺は……)


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