第194話 割り箸ギプス


 テオとセスが部屋に消えた後、鍋を洗い終えたトラブルはノエルの右手を診察していた。


 固く巻いたテーピングを取り、湿布を剥がす。


 れは悪化していないが赤みが強くなっていた。


 トラブルは、かゆい?と、ジョンに向けて手話をする。


「ううん、かゆくない」

「なんで、ジョンが答えるんだよー。トラブルは僕に聞いたんでしょう? 『かゆい』くらい僕にも、分かるよー」


 ノエルは笑いながら、左手でジョンのこめかみを小突いた。


 トラブルも呆れて笑いながら、今度はノエルに、かゆい? と、聞いた。


「巻いていた時は気にならなかったけど、今は、かゆくなって来た」


 トラブルは頭を悩ませながらノエルの指と手背しゅはいを触る。


(皮膚は湿布のかぶれだとして、このれは、やはりレントゲンを撮らなくてはいけないな……)


「触らなければ痛くないから大丈夫だよ。もし、ヒビが入っていても固定して動かさないようにするのは同じでしょ?」


 トラブルはノエルにうなずくが、まだ、考え込んでいる。


 そして、考えながらキッチンに向かう。


 キッチンの引き出しを開け、ゴソゴソと何かを探し始めた。


 ノエルとジョンは「?」と、顔を見合わせて待った。


 トラブルは、割り箸とアイスの木べらと輪ゴム、スーパーのビニール袋、食品用ラップを持って来た。


「それ、どうするの?」


 まあ、見ていて下さいと、ノエルの小指と薬指にアイスの木べらをあて、輪ゴムで固定する。


 次に割り箸を2本、手のひら側と背側にあてて小指に巻いた輪ゴムにくぐらせ、手首にも輪ゴムを通す。


「ギプス?」


 トラブルは口パクで、ピンポーンと、答えながら、手首の輪ゴムを見て首を傾げる。


(食い込むか……)


 輪ゴムを外し、リュックから包帯を取り出して手早く巻いた。


 ノエルの指は親指と人差し指だけを残して、包帯に包まれた。


「すごい、ノエル。卓球してみて」


 ジョンが素振りをして見せる。


「ラケットじゃないよー」


 ノエルとトラブルが笑っていると、ゼノがシャワーから出て来た。


「次々にシャワーして下さいね。あ、ノエルは入れませんか?」


 トラブルはノエルの右手にビニール袋をかぶせ、ラップで巻いた。


「このギプス、全部、キッチン用品なんだよー」


 ノエルが右手を振ってゼノに見せる。


「へー」


 トラブルはジョンにゆっくりと手話をした。それを見たジョンは首をブンブンと振る。


「やだよー!」

「なあに? ジョン」

「トラブルが僕にノエルの頭を洗えって!」


 ゼノが「そうですよ」と、ジョンがセスを抱え上げた結果、4人で将棋倒しになりノエルの手を下敷きにしてしまった責任があると、ジョンをさとした。


「えー……」


 ノエルも嫌な顔をする。


 ジョンはほんの少しだけカチンと来た。


「なんで、ノエルが嫌がるのさ」

「だって、絶対、遊び出すもん」

「そんな事はありません。そんな事はいたしません。完璧な洗髪をお見せしましょう。さ、こちらに」

「もう、遊び出してんじゃん!」

「問題はございません。ささ、こちらに〜」


 ジョンは嫌がるノエルの手を引いて、お風呂場に行く。


 脱衣所からノエルの悲鳴のような声が聞こえて来た。


「自分で脱げるから!」


「変なとこ、触らないで!」


「自分で洗う!」


「ゼノー! 助けてー!」


 ゼノは顔を手で覆い「何をやってんだか」とノエルを助けに行く。


 風呂場でジョンに一喝し、大騒動の末、ノエルは無事にシャワーを済ませる事が出来た。


 トラブルは、ビニールの上にラップを巻いたのにも関わらず、びしょ濡れになった包帯にため息をく。


 新しい包帯を巻く前に、割り箸の隙間から消炎鎮痛剤の軟膏を塗った。


明日、朝一で医務室に来て下さい。キチンとしたギプスシーネに取り替えます。


 ジョンが通訳する。


 ノエルは、うなずきながらも「このキッチンギプスも中々だよ」と、笑顔を向ける。


 どうもと、トラブル。


 3人はそれぞれの部屋に戻り、就寝した。

 




 1人残されたトラブルは、セスの部屋のドアを見る。


(何を話しているのだろう。また、気を失う事にならなければいいけど……)

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