第297話 ゼノの異常
控え室に戻る途中、トラブルはメイク室を
控え室にデザートがあると、手話で伝えるがソヨンは「2曲、終わったらステージ袖で待機して、ソロに入る前にメイク直しがあるの」と、残念そうに断った。
「違うわよ、ソヨン。あと4曲よ。少しなら大丈夫だからデザートを食べに行きましょうよ」
「行きたーい。ソヨン、行きましょうよー」
ソヨンは台本を確認して、同僚達の言葉に折れた。
「う、うん、少しだけなら。念の為、道具を持って行きましょう」
トラブルを先頭に、女子達は
ユミちゃんのいない初の海外ツアーは、皆、リラックスしているのは良いが、どこかしまりがない。しかし、ソヨンは持ち前の真面目さとユミちゃん仕込みの責任感で、しっかりと代わりを
控え室に入ると、ソヨンは部屋の隅のモニターの電源を入れた。
「これで、ステージの様子が見られます。予定が早まったり変更があれば、すぐに対応出来ます」
ステージの真正面から固定カメラで撮っているので、引きの映像だが全体が見渡せる。
トラブルは、へーと、感心した。
さすが、ユミちゃんの右腕ですね。
「いえ、当たり前の事です」
ソヨンは顔を赤くして、モニターを見つめる。
「もー、ソヨンは真面目すぎるのよー」
「ほら、早く食べちゃおー」
「うん、いただきます」
トラブルは手でチョコレートケーキを食べながらモニターを見た。
ソヨンもトラブルの隣で皿に乗ったロールケーキをフォークで口に入れる。
「ん、これ美味しい! 何のロールケーキだろう」
トラブルは、テーブルのメニューを見て、
「わさんぼん? 始めて聞きます。フルーツの感じもしないし……この甘さなんだろう?」
トラブルは手話で、江戸時代からある日本の高級砂糖と、説明した。
「え! これ砂糖の名前がケーキの名前なのですか⁈ とても、高価な物なんですねー……母と弟も気に入るだろうな……」
家族を支える重荷に耐えながら、それでも家族を想うソヨンにトラブルは目を細める。
帰ったらメンバー達にご褒美をおねだりしてみては? 取り寄せられるのでは?
「ふふ、良いアイデアだけど……そんな事、頼めません」
そうですか? 買ってって言えばいいんですよ?
「トラブルは、皆さんと親しいから……こうやって、モニター越しに皆さんを見ると、私、すごい人達と仕事をしているんだなぁって、改めて思います。だから、モニターを見るのが好きなんです」
トラブルは、そうですねと、
モニター内のメンバー達は、代わる代わるノエルと絡みながら、それでも自分のパートを忘れる事なく、仕事をしている。
(楽しそうに見える……毎日、必死に練習して、ジョンなんて泣きべそをかいていたのに。まるで、別人だ……)
「そろそろ、行かないとね」
ソヨンが声を掛け、メイク女子達は「ご馳走様でしたー」と、出て行った。
トラブルはひとり、モニターを見続けた。
ノエルはトラブルの指示を守り、激しいダンス曲の時はステージ脇の椅子に座り、許可された楽曲のみダンスに参加していた。
テオがそばに行く度に、一段と大きな歓声が上がる。
ノエルは自分が注目されている事をしっかりと認識している様だった。
メンバーがダンスをする姿を見る時も表情を意識している。
(痛そうな素振りはないな)
ふと、トラブルはゼノの足に視線が引き寄せられた。
(おかしい……この違和感、以前にも感じた事のある……)
トラブルは自分のリュックを
バックステージは戦場と化していた。
順番にメンバー達が汗を拭きながら衣装を着替えている。
ゼノを探す。
ゼノは屈伸運動をしていた。
「トラブル、どうしたの?」
トラブルはテオに、ゼノを
「ゼノ? ゼノが、どうかしたの?」
ゼノは屈伸をしたまま、立ち上がれなくなっていた。
「ゼノ! 大丈夫⁈」
テオが駆け寄る。
トラブルは、横になれるスペースは?と、セスに聞いた。
「横に? おい、マットを持って来てゼノを寝かせろ」
スタッフはヨガマットを敷いてゼノを寝かせた。
「俺はもう出るから。テオ、通訳しろよ」
「うん、分かった」
ソヨンがセスの汗をおさえ、メイクと髪を直す。
セスのソロ曲のイントロが流れ、セスは光の中に出て行った。
「トラブル、よく分りましたね。股関節が痛みます」
ゼノは苦痛を浮かべた顔で、簡潔に症状を伝えた。トラブルはゼノの股関節と両膝を腰椎ベルトで締め付ける。
「あー、いいですね。痛みが引きました」
ゼノの出番はいつですか?
「ゼノは5番目、最後だよ」
この姿勢のままでもメイク直しは出来ますか?
その質問にソヨンはハッキリと答えた。
「はい、メイクは出来ます。でも、2分前に立ち上がって下さい。髪を直します」
ノエルは、スタッフにズボンの履き替えを手伝って
「トラブル。なんでゼノのピンチが分かったの?」
「歩幅⁉︎」
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