第348話 シバリング


 トラブルは薬局で不足の薬を買い、バイクを飛ばして出勤した。


 すべての薬の箱に購入年月日を記入し、在庫管理ノートに残数を加算する。


 なくなった数の多い薬品を調べていて、ある事に気が付いた。


(湿布が1枚もノートに書かれずに持ち出されている……私がいる時には、こんなに需要はなかった。盗まれた⁈ まさかね……)


 紛失した湿布の枚数を調べる。


(不在にしていた2日間で20枚が消えた。これは、いったい……)


 買い足した湿布の袋にナンバリングして、薬品棚にしまう。


(不自由のない様にと思って、持ち出し可能な方法を取ったが、盗難を誘発したのなら考え直さなくては……)


 トラブルは薬品棚の管理に頭を悩ませながら、春の健診で再検査となった職員のリストを作る。


(代表も入れておいてやれ……秋も健診を受けてもらおう)


 その後、ノエルのカルテに骨折の受診結果を入力した。


 掃除をしていると仕事用の白いスマホが鳴った。


(ん、ユミちゃんからメールだ。ランチの誘いかな?)


 メールを開くと、そこには練習生が倒れたのでレッスン室に来てと、書かれていた。


 トラブルは慌てて白衣をつかみ、レッスン室に走る。


 レッスン室は、メンバー達の練習室よりも小さなダンス部屋で、主に練習生達の個人レッスンに使われていた。


 トラブルが駆け込むと、5、6人の少年達の間でユミちゃんが床に座っている。


「トラブル! この子、震えが止まらなくて、どんどん顔色が悪くなっているの!」


 レッスン室の冷たい床に、1人の少年が体を震わせて寝ていた。


 歯をガタガタと鳴らし、顔面は蒼白になっている。


振戦しんせん! シバリングか⁈)


 トラブルは、その子の額を触り熱を確認する。次にユミちゃんにスマホのメモで、質問をした。


『いつからですか?』

「ほんの15分前くらいからよ。練習していたら、寒いって言い出して」

『風邪の症状は? 頭痛、眩暈めまい、吐き気は?』

「風邪? 風邪っぽくないかって。あと、頭痛となんて読むの? あ、めまいか、それと吐き気は?」


 ユミちゃんは、床で震える練習生の少年に聞く。


「い、いえ。寒いです」

『この2、3日で、今までと違う体調の変化はありましたか?』

「あー、腰と背中が痛いって言うから、湿布を貼ってあげたわ」


(湿布?)


『医務室のですか?』

「そう、借りたわよ。痛いって言う所に貼ってあげたの」


(犯人はユミちゃんでしたか……ん? 2日で20枚?)


 トラブルは、少年の首に白い湿布を見つけた。


 Tシャツの襟元をのぞくと両肩にも貼られている。二の腕にも貼られ、袖口から見えていた。


(いったい何枚貼ってあるんだ⁉︎)


 トラブルは少年のTシャツをめくり上げ、背中を見た。


(なんじゃこりゃ!)


 少年の背中には、皮膚が見えなくなるほど、たくさんの湿布が並んで貼られていた。


 脇腹と腰にも貼られ、ズボンの中に続いている。


「さ、寒いです」


 トラブルは、奥歯を鳴らしながら絞り出す様に言う少年にうなずいて見せ、湿布を剥がす。


(1、2、3、4……)


 枚数を数えながら全て剥がすと、ちょうど10枚になった。


(昨日と今日で20枚! 盗難事件が解決した!)


 トラブルは湿布を振りながら、呆れた顔をユミちゃんに向ける。


「何よ。湿布のせいだって言うの? 痛み止めでしょう?」


(ユミちゃん……どう考えても貼り過ぎでしょう)


『大量の消炎鎮痛剤は体温を下げます。レッスンで汗をかいて、その気化熱でさらに体温が奪われたのでしょう』

「剥がせば、良くなるの?」

『いいえ、この震えは体を温めないといけません。医務室に運びます』

「分かった。ほら、あんた達、手伝いなさい」


 ユミちゃんの号令で、仲間の練習生達が震える少年に肩を貸す。


 なんとか医務室に到着して、診察台に寝かせた。


 トラブルは医務室のエアコンを消して、生理食塩水の入った点滴パックを幾つかレンジで温めた。


「温めて点滴するの?」


 トラブルは首を横に振り、温かくなった生理食塩水の点滴を、震える少年の首と脇と大腿部に置いた。


 ソファーのブランケットで全身を包み、業務用の大きいゴミ袋を被せる。


『しばらく様子を見ます』

「そうね。あんた達は練習に戻りなさい」


 ユミちゃんは練習生達を追い返し、ソファーに座る。


「腕がしびれるって言い出したの。元々、肩こりがひどい子なんだけど腰も痛いって言うから……たくさん貼ればイイってもんじゃないのね」

『湿布が大量になくなっていて驚きましたよ』

「後で書いておくつもりだったのよ。そうだ! ここにいてイイの⁈ ツアー中でしょ⁈」

『ノエルの経過が良いので付き添う必要がなくなりました』

「じゃあ、もう、医務室に来れば会えるのねー。寂しかったわ」

『もっと連絡が来ると思っていました。忙しそうですね』

「うん、この子達の担当になったからねー。心構こころがまえから教えなくちゃいけなくて、大変よー。なんて言ったって、あのメンバー達の弟分になる子達だからねー。まだ決まったわけじゃないけど」

『彼の名前と年齢を教えて下さい。カルテを作ります』

「彼の名前はカン・ジフンよ」


 トラブルはブッと吹き出した。


(カン・ジフン⁈ 同姓同名か!)


「17歳……どうしたの?」


 トラブルは手と首を振り、いいえと、答えた。


「ああー、そういえば、あの配送の子もカン・ジフンだったわねー。トラブル! 今日、約束しているんじゃないわよね! ダメよ! 私とランチに行くんだから!」


(いつ、決まりました?)


『約束はしていません。珍しい名前が出たので驚いただけです』

「本当にー?」


 ユミちゃんは腕を組んで、トラブルを怪しむ。


『本当です。生年月日は?』

「知らないわよ。本人に聞いて」


 トラブルとユミちゃんが、少年のカン・ジフンを見ると、彼は真っ赤な顔になっていた。


(しまった!)






【あとがき】

シバリングとは、高熱が出る前に寒気で震える事でーす。骨格筋を小刻みに震わせて熱を産生します。

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