第74話 違和感


 乾燥機から下着類を取り出し、次の洗濯物を回す。


(今時の洗濯乾燥機でなくて良かった。あと、1回は回さなくては)


 トラブルはソファーにまだ温かい下着を広げて畳んでいく。


「それは、自分達でやります!」


 ゼノが顔を赤くして奪い取った。


 はいと、トラブルは離れ、キッチンの格闘を手伝いに行く。皿や鍋は洗い終わり、あとはシンクとガス台だけになっていた。


「医務室はいいのか?」


 セスが手を止めずに聞く。


勤務時間は私が決めて良い事になっています。これも、仕事のうちです。


「ふーん」


 トラブルはガス台を磨き出す。


「ドアに貼ってあった電話番号は仕事用か?」


 セスの質問に、トラブルは手話をしようとするが手が泡だらけで動かせない。もたもたとしているとセスが思わぬ事を言い出した。


「唇を読むから、言ってみろ」


 セスがトラブルの口元をじっと見る。


 トラブルは戸惑いながらも、ゆっくりと口を動かした。


業務用のスマホを支給してもらいました。


「業務用のスマホを支給してもらいました」


 セスの言葉に驚くトラブル。


読唇術ですか⁈


「読唇術ですよ。口語こうごか。手話より簡単だな」


すごい!


「すごいだろ。これでお前の両手がなくなっても大丈夫だ」


(この人は本当に……)


 トラブルは思わず、両手に油まみれの泡を付けたままでセスに抱きつく。


「わ! バカ! 泡だらけでやめろ!」


 セスの声にキッチンを見るメンバー達。


 トラブルとセスが抱き合っているのを目の当たりにし、ガーン!と、立ち尽くすテオ。ゼノがジョンの目を手で塞ぐ。その手の隙間からジョンはのぞき見る。


 ノエルが「何してんの!」と、叫ぶ。


「冷てー」


 セスの背中は泡で濡れてしまっていた。


 大口を開けてトラブルは笑う。


「ふざけんなっ」


 セスはトラブルを蹴ろうとするが当たらない。「冷てー」と、言いながら部屋へ入って行った。


 笑いが止まらないトラブル。


 その様子を見て、テオは「何だ、じゃれていただけか」と、胸を撫で下ろした。


 セスが着替えて出て来た。脱いだシャツを洗濯機に放り込む。


 キッチンに戻り、トラブルにまた言う。


「っざけんな」


 トラブルは笑い返す。


 セスが作業を再開し、2人がかりでキッチンはピカピカになった。


 リビングではゼノが次に乾燥が終わった洗濯物を畳んでいる。


「各自、持って行って下さい」

「これ、誰の? 」

「それ、僕の」

「あれは?」

「靴下が奇数なんだけど」

「ちょっと僕のシャツだよ。あれ、違った……」


 大混乱である。


 トラブルは各部屋に掃除機をかけていく。意外にも散らかっておらず、寝るだけしか用はないようだった。


(3ヶ月ぶりの休みだから仕方がないか)


 テオの部屋にスケッチブックが落ちていた。ふと、拾いあげる。


(懐かしいな……)


 スケッチブックの表紙を指でなぞる。


「それは2冊目です」


 振り向くとテオが立っていた。


「あの写真集の僕の絵(第1章第53話参照)気がついたよ。ありがとう……直接、お礼が言えるなんて信じられないな」


 テオは恥ずかしそうに言う。


 トラブルも、気付いてくれてありがとうと、口を動かす。


「どういたしまして」


 クスッと笑いあう2人。


 その様子をノエルが見ていた。リビングにそっと戻り、ゼノに言う。


「トラブルじゃないみたいだ。何か変だよ。セスに抱きついたり、テオといい雰囲気になっていたり。こんなに人は変わるものなの? すごく違和感があるんだけど……」


 ゼノも同意した。


「私も違和感を感じます。トラブルが笑っているなんて、何か変な感じです。セスはどう思いますか?」


 セスは少し考える。


「テンションが上がってる感じはするけど、悪い変化だとは思わないな。この10カ月の間にあいつに何があったのか分からないが、久しぶりに仕事して、懐かしい奴らに会って、少し、はしゃいでいるだけだろ」

「ああ、そうかもしれませんね」


「それよりも……」と、セスは続ける。


「ノエル、お前、帰ってから口数が少ないな。何か気になる事でもあるのか?」

「な、何もないよ。え? 僕、変だった?」

「正確に言うと、車でトラブルとカン・ジフンを目撃してからだ」


 ノエルの頭にあのメモが思い浮かぶ。


(セスに隠し事は出来ない……でも、今、言うべき事か……)


「うん、気になる事がある。でも、よく分からないから、まとまったら言うよ」


「……分かった」


 セスはそれだけ言って自分の洗濯物を持って部屋に消えた。



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