第479話 僕が優先じゃなかった


 突然、皿を取り上げられたジョンは、恨めしそうにテオを見た。


「なんだよー。トラブルがくれたのにー」

「トラブルは貧血だから食事を抜いちゃダメなんだよ。はい、トラブルが食べて」


 トラブルは笑顔で首を振る。


私は大丈夫です。


「ダメ。大丈夫じゃないよ。トラブルは大丈夫じゃないって僕が1番知っているんだからね。昨日はワインを飲んで二日酔いでしょ? だから、わかめスープはピッタリだよ。ね?」


分かりました。


 トラブルはテオから皿を受け取り、立ったまま口に運んだ。


「美味しい? あ、トラブルが作ったんだった」


 恥ずかしいと頭をくテオに、トラブルは幸せそうに微笑む。


 ノエルは、そんな2人を見て安心した。


「テオ。トラブルは僕達がいると立ったままだからテオの部屋で食べなよ。座ってゆっくり食べてもらいな」

「あ、うん、そうだね。トラブル、僕の部屋に行こう。お盆に乗せてさ」


 テオはトラブルを手伝ってお盆を持つ。トラブルは水を持ってドアを開け、2人は仲良く部屋に消えた。


 2人を見送ったノエルは、ホッとひと息つく。


「なんか、テオの様子がおかしくありませんか?」


 ゼノはノエルに聞く。


「本格的に付き合いを始めて、最初の試練ってとこじゃん?」

「え? それはどういう……?」

「ねえ、何時に出るんだっけ?」

「空港へですか? 3時の予定ですが」

「じゃ、ひと眠りしよーっと」


 ノエルは席を立って伸びをしながら自室に入って行った。


「セス、ノエルは何が言いたかったのでしょう?」

「さあな。俺は新曲の仕上げだ」

 

 セスも席を立つ。


「え? もう、仕上げの段階なのですか⁈」

「俺を誰だと思っているんだ。今回も……最高だぞ」

「セスが宣伝でなくて褒めるなんて、よほど自信があるのですねー」

「まあな」


 セスは後ろ手に手を振り、皿を洗ってから部屋に入った。


「ジョン、新曲だそうですよ。楽しみですね」

「難しいのは嫌だなぁ。歌もダンスも簡単なのがイイよー」

「ジョンは上手じょうずですよ」

「そう言ってくれるのは世間とゼノだけなんだもーん」

「充分では?」

「セスとノエルとテオにも言わせたーい」

「では、もっと努力をしなくてはなりませんね」

「分かってるよーだ」


 ジョンは舌を出してリビングのテレビでゲームを始めた。


 ゼノは笑いながらジョンの皿も洗う。






 テオの部屋でトラブルは床に座り、食事をしていた。


「この料理ってさ、前に僕が熱を出した時に作ってくれたよね?」

(第1章第45話)


 トラブルはフランスパンを頬張りながらうなずく。フォークを置いて、手話をした。


覚えていましたか。


「当たり前だよー。すごく美味しくてありがたかったんだから」


ワインをユミちゃんと飲んでしまいました。


「あ、あの、イイんだよ。トラブルにあげた物だし……」


ありがとう。お陰でユミちゃんに殴られなくて済みました。


「そっか、よかった……あのね、バイクの事だけど謝らなくちゃいけないって思ってたんだ。あの、傷付けるつもりはなかったんだよ。大事なバイクだって知ってるし……だから……」


すみません。先に仕事をさせて下さい。


「え? あ、うん、イイよ。仕事って?」


 トラブルは食べ終わった皿を片手に部屋を出た。


 リビングには、ジョンがゲームをしているのみで、すでに他のメンバー達の姿はない。


(しまった。休んでいるか……でも、今日を逃すといつ出来るか分からない……)


 トラブルはゲームに熱中するジョンに紙を差し出した。


「何? ちょっと待って、今、いい所だからさー」


 ジョンは画面から目を離さない。


 トラブルはジョンの顔の前で紙を振って見せた。


「あ! ちょっと! 見えな……あー、死んじゃった〜、何なのこれ? ストレスチェック? これを書くの? 今?」


 トラブルはうなずいてボールペンと共に渡した。


 次にゼノの部屋をノックする。荷物をまとめているゼノにも同じ様に用紙を渡した。


 ノエルとセスの部屋もノックし、ストレスチェックシートを渡す。


 各部屋を廻るトラブルを見ながら、テオは寂しい気持ちになっていた。


(僕にご飯を作りに来てくれたんじゃないんだ……謝ろうとしているのに……)

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