第202話 あせも


 夜、トラブルがベッドに入ると、テオからラインが来た。


『トラブル』

『起きてる?』

『ノエルが』

『右手が』

『かゆいって』

『包帯』

『取って』

『いい?』


『包帯とシーネを外して、皮膚を観察して下さい。あまり、かないように。今から行きます』


 返信をして、バイクに飛び乗る。





「包帯取っていいって。今から来てくれるって」


 テオがニコニコとして言う。


「なんで、嬉しそうなのさ。あー、早く取ってー、かゆくてたまらないよー」


 ゼノが、ノエルの右手からそっと包帯を巻き取った。


 手首を中心に赤くなっている。


 ノエルは、バリバリと手首をく。


「ダメだよー、トラブルがかないようにって」


 テオがノエルの手を押さえ、我慢させる。


「テオ、離して! 拷問だよー!」


 セスが氷を持ち、ノエルの手首にあてた。


「あー、気持ちいい。セスが天使に見えるよ」


 ピンポーン


「トラブルだっ」


 テオが玄関に走り出る。


「早いですね」

「早過ぎない?」


 ゼノとノエルが時計を見て、顔を見合わせた。


 息を切らしたトラブルが、リビングに入って来た。


「何人、いて来た?」


 セスが、ノエルの氷を押さえながら皮肉って聞く。


3人位です。


 トラブルは真顔で答えながら、セスの持つ氷を見て、goodと親指を立てる。そして、ノエルの手を一目見るなりアチャーと顔をしかめた。


汗疹あせもですね。シャワーは浴びましたか?


「あせも、だって。シャワーはまだだよ」


 テオが答える。


では、浴びて来て下さい。強くこすらないように、しっかり石鹸で洗い流して下さい。


「分かった」


 ノエルはバスルームに行き、テオが脱衣を手伝う。


「本当に早過ぎないか?」


 セスが氷で濡れたテーブルを拭きながら聞く。


かなり、ショートカットして来ました。


「捕まるような事は、しないで下さいね」


 ゼノが心配して言うが、捕まらないから大丈夫ですと、真顔で返す。


「そういう意味ではありませんよ」


 ゼノはセスの手話通訳を待たず、返事をした。


「お、ゼノ、読めるようになって来たな」

「はい。何となく、分かりますねー」


 トラブルはゼノを見る。


(これだ、これに慣れてしまっていた……)


 カン・ジフンの顔が浮かぶ。


(私がこっちを居心地が良いと感じているという事は、あっちが『普通』なんだな…… でも、ゼノが『普通』でないなんて、あり得るだろうか……?)


 バスルームからノエルとテオの無邪気な笑い声が聞こえる。


 2人でシャワーを浴びている様だ。


「お前、何を考えている?」


 セスは考え込むトラブルの顔をジッと見ていた。


いえ…… ところでジョンは?


 トラブルは話題を変え、ゼノに聞く。


「もう、寝ていますよ。ノエルがスマホを取り上げて、テオが寝かし付けてくれました。トラブルがゲーム禁止と言ったのですか?」


寝る2時間前は禁止と言いました。ブルーライトが睡眠障害の原因となると説明しました。


「なるほど。その話をしていたのですね。素直にジョンがスマホを渡したので、不思議に思っていたのですよ。これで、明日の朝はスッキリと目覚めてくれますかねー」

「日付けが変わる前に寝るなんて久しぶりだから期待してみよう」

「そうですよね。朝一番の重労働ですからねー、ジョンを起こすのは」

「殺意を覚える時もあるぞ」

「私もです」


 ゼノとセスは、がっちりと握手をした。


 トラブルはその様子を見ながら、また、考え込んでしまう。


(メンバー達と彼の違いは、いったい何なのだろう……)


「どうかしましたか?」


 ゼノが、考え込むトラブルに気付く。


 トラブルは、いいえと、首を振り、作り笑いをしたつもりが頰は上がらなかった。


 セスと目が合う。


 しかし、セスは横を向いてトラブルから視線を外した。


 トラブルは無言のまま、放置されたノエルの包帯を巻き直す。


 2人の様子に異変を感じるが、ゼノにはわけが分からなかった。


 戸惑っているとノエルとテオがシャワーからあがって来た。


「あー、さっぱりしたー」


 ノエルはテーブルに座り、トラブルに右手を差し出す。


「ノエル、何か飲む?」


 冷蔵庫を開け、濡れた髪を拭きながらテオが聞いた。


「ビール、ちょうだい」

「はーい」


 トラブルは顔の前で指を振り、いけませんと、ノエルに言う。


「えー! こんなに暑い日はビールでしょう」


アルコールは、かゆみを増幅させます。水にして下さい。


「はい、ノエル。水」


 テオが差し出した水を受け取りながら、ノエルは不満気だ。


「テレビ局、本当に暑かったんだよー。ね、テオ」

「うん、スタジオがやばかった。頭が痛くなったもん」

「テオ、顔が真っ赤だったもんね」

「汗を拭いてくれるソヨンさんも汗だくだったよ」


 リュックからノエルに塗る軟膏類を取り出していたトラブルの手が止まる。


 ノエルの隣に座るテオの額に手を当てた。


「ん? トラブル、どうしたの?」


今は頭痛はありませんか?


「うん、ないよ」


オシッコの色は?


「え? 普通だと思うけど……?」


何色ですか? 濃い色ではありませんか?


「ううん、薄い黄色」


顔面の紅潮こうちょうと頭痛は熱中症の症状です。涼しい場所に移動してスポーツドリンクなどを、しっかり飲んで下さい。


「うん、分かった。ありがと」


「ちょっと、イチャついてないで僕の右手はー?」

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