第201話 ソンの相談


 トラブルはメモをカン・ジフンに見せる。


『以前も言いましたが、連絡の返事がない時は忙しいと思って下さい。突然、来るのは家も会社もやめて下さい。ソン・シムの診察がありますので、もう行きます。ご馳走様でした』


 メモを読んだカン・ジフンは穏やかな様子のまま、立ち上がるトラブルを見上げた。


「もう、いいの? 分かった。残りを片付けておくね」


 トラブルは無表情のまま、ペコッと頭を下げて、カン・ジフンの前から立ち去った。


(私はバカだ。メンバー達といるのに慣れ過ぎて、誰でも受け入れてくれると勘違いし始めていた。私は障害者で、健常者には理解不能な世界の住人だ。手話を理解してくれる人に囲まれて、仕事を与えられ、つい、世間一般を忘れていた……)


 トラブルは以前、感じた事のあるカン・ジフンへの違和感の正体を見た気がした。


(彼は何故、誘って来るのだろうか……?)


 医務室に戻り、エアコンを最大にする。


 ハンドタオルを濡らし硬く絞り、体の汗を拭いた。スーッと冷気にさらされ気持ちがいい。


 ハンドタオルを流水で洗い、再び硬く絞って冷蔵庫に入れる。


 きっと、ソン・シムも蒸し暑い倉庫で汗だくだろう。


 白衣を羽織りパソコンに向かい、ソンの登場を待つ。


 医務室のガラス戸がノックされ、ソン・シムが顔を出した。時間通りだ。


「あー、ここ、涼しいなぁ」


 トラブルの読み通り、ソンのシャツは汗ジミだらけだ。


 1番エアコンの当たるソファーに座らせ、冷たいおしぼりと水を渡す。


「お、悪いな。今日は機材の搬入があって倉庫の扉を開けっぱなしで作業していたから、暑いのなんのって」


 トラブルはパソコンの画面に、熱中症に気をつけて下さいと、書いて見せる。


「ああ、代表がでかいエアコンに付け替えてくれたから、去年よりはマシだ」


 トラブルはドアの外に診察中の札を下げ、ロールカーテンを下げる。


 ソンの向かい側に座り、ソンが話し出すのを待った。


「あー、相談っていうのは、実は2人目が、中々、出来ないんだよ。1人産んでるのに2人目を妊娠しないなんて、カミさんに何か病気があるのかなと思って」


『上のお子さんは何歳ですか?』


「今年で5歳になる」


『1人目の妊娠の時、何か問題はありましたか?

不妊治療をしたとか』


「いや、結婚して、すぐに授かって妊娠中も出産も問題なかった。実は去年、流産して、医者にはよくある事だから気に病む事はないと言われたんだが、それ以来、妊娠しなくて……」


『専門医に相談しましたか?』


「いや、それを相談したかったんだ。自分達でいろいろ調べて、2人目不妊って言葉があるのは知っているんだ。でも、そこまで必要なのか、今ひとつ、踏み出せないというか……でも、子供の為にも2人目は欲しいと思っていて、カミさんは基礎体温を測って、今日、排卵日だとか言うし……その、分かるだろ? 『今だ』って言われて『はい』って、ヤレるわけないだろ。でも、真剣に考えてくれないと泣き出すし」


 ソンは一気に話し、フーッと深呼吸する。


「独身の若い女性に話す事じゃないと、分かっているんだが、トラブルなら何かヒントをくれるかもと…… 親にも2人目はまだかって催促さいそくされているみたいでな」


(また、親か……)


 トラブルは長い文章を打ち、ソンに見せる。


『親を黙らせる為にも、専門医で検査を受けて下さい。女性側の原因として、卵子の質の低下・子宮筋腫や内膜が薄くなっている可能性があります。昨年妊娠しているので、プロラクチン値が高いとは思えませんが、流産の原因ではなかったか調べる必要があります。男性側の原因として、精子の質と数の低下・ストレスや加齢による勃起障害があります。まず、器質的に問題がないか調べ、あれば治療し、それに沿った不妊治療をオススメします』


 ソンは読み終え「この、親を黙らせる為にもって、一文いちぶんイイな」と笑う。


「結婚したら『早く孫を』で、生まれたら『2人目はまだか』『女の子か残念』『後継を』 たいした家でもないのに、平気でカミさんに言うからな。本当、厄介だよ」


 トラブルは印刷して、ソンに渡す。


「カミさんにも見せるよ。ありがとう」


 ソン・シムは仕事に戻って行った。


(今の話は、カルテにー……必要ないな)


 トラブルはパソコンを閉じる。

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