第373話 ノラ猫のやり方


 チョー・ミンジュンはペットボトルの水にストローを刺して差し出した。


「点滴と一緒に消炎鎮痛剤がありました。飲みますか?」


 トラブルはうなずき、大男の持つ錠剤に手を伸ばす。


 すると、チョー・ミンジュンは「少々、お待ち下さい」と、錠剤を持って台所に行った。


 トラブルは何をするつもりなのかと、痛む体を起こした。枕の周りには、血の付いたティシュとガーゼが置かれている。


(顔の血を拭いてくれたのか……)


 台所から、タンッと包丁を使う音がした。


 戻ったチョー・ミンジュンの手には、半分に割られた錠剤が乗せられている。


 トラブルは半分になった錠剤を2個受け取る。


(なぜ、割ったんだ?)


 口に薬を入れようとして、すぐに、その理由に気が付いた。


(口が開かない……そうか、ストローといい、なんて気が利く……それほど私の顔はひどいのか?)


 トラブルは半錠の薬を、なんとか飲み込んで、鏡を見る為にベッドを降りようとする。


「鏡ですか? お手洗いですか?」


 チョー・ミンジュンはトラブルを手で制止しながら聞いた。


 トラブルは、か・が・み、と口を動かした。


「申し訳ありません。鏡で間違いありませんか?」


 トラブルは指を1本立てる。


「では、スマホでご覧になって下さい。ご相談したい事があります」


(相談?)


 トラブルは素直にスマホのカメラ機能を使って、自分の顔を見た。


 そこには左目が、どこにあるのか分からないほどまぶたが腫れ、内出血で赤と青のマーブル模様が描かれた自分の顔があった。


(想像以上だ。これはひどい。まぶたの血液を抜かないと。で? 相談とは?)


 トラブルは顔の前からスマホを外し、チョー・ミンジュンを見上げる。


「その、左眼瞼ひだりがんけんですが、そのまま放置しても吸収されないと思われます。切開して中にまった血を抜いた方が治りは早まります」


(へー、正解)


 トラブルは感心しながら、質問をした。


『抜けば、どのくらいで治りますか?』

「全治2週間と思われます」


(惜しい! 私の血の色を見たでしょ? 貧血の人は治りが遅いんですよ。でも、褒めてあげる)


『さすがです。しかし私は貧血です。血液が動脈血の様な色をしていると気付いたでしょう? 私の見込みは全治3週間です』

「あ、なるほど。治癒ちゆのスピードは個人差があるのですね。勉強になります」


(知識があって、気が利いて、謙虚けんきょ……代表の好みのタイプだな)


「自分が切開致しますが、メスが見当たりません」


(当たり前でしょ、民家だよ⁈ それに、メスを入れられたら今度はその傷が治らんわい)


 トラブルはチョー・ミンジュンに、ベッド下の点滴の入っていた救急箱を取らせる。中から、消毒綿と鉄剤を注射する為の針を取り出した。


 ガーゼを多めに用意する。


 スマホで、改めて顔を見る。


 しかし、寝ている状態ではまぶたは潰れ、どの辺りに1番血液がまっているのか分かりにくかった。


 トラブルはベッドの上で体を起こす。


(イタタ……うーん、ガーゼだけでは吸い切れないな。それにベッドが血塗れになる……やはり、洗面所に行こう)


 救急箱を持ってベッドを出る。


 全身の痛みと戦いながら、洗面台の鏡の前に立ち、針でつつく場所を探す。


 チョー・ミンジュンがタオルと椅子を持って来た。


(本当、よく気が利く……)


 トラブルは痛む口角を上げ、微笑んで礼の代わりにする。


 消毒綿、針、ガーゼ、止血剤の軟膏、テープを並べる。鏡に顔を近づけてまぶたの血管を傷付けない位置に、ゆっくりと針を刺した。


 ピュッと、鏡と洗面台に血液が飛び散る。


 トラブルはガーゼでまぶたを押さえ、椅子に座って止血を待つ。


(あ、ヤバイ……眩暈めまいがする……)


 トラブルが顔を下げると、チョー・ミンジュンは椅子ごとトラブルを持ち上げて、ベッド横に運び、トラブルをベッドに寝かせた。


(ありがとう、助かった……ん、お礼を言っていなかったな。手が離せる様になってから言おう……)


 トラブルに眠気が襲って来た。


(今、手を離したら……)


 チョー・ミンジュンが力の抜けて行くトラブルの手を外し、代わりにガーゼを押さえた。


「寝て下さい。ノラ猫は寝て傷を癒すモノです」


(こいつ、上手い事を言う……)


 トラブルは空腹を感じながら、眠りに付いた。

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