第133話 守秘義務違反
「やっと今週で終わりですね」
医務室でヤン・ムンセがパソコンに向かいながら笑顔で言う。
「楽しかったですよ。健康な人のデータをこんなにもたくさん
トラブルは笑顔で、まだ1週間ありますよと、手話で言う。
「そうですね。あと、1週間でユミちゃんとデータを見れなくなるのかー。寂しいなー」
ヤン・ムンセの言葉にトラブルは驚く。
ユミちゃんにデータを見せた⁈
「あ、はい。ちょっと手伝って
トラブルから笑顔が消えた。ヤン・ムンセはその顔にまずい事はしていないと弁解する。
「異常値が表示されていたら、私に知らせるように頼んだだけで医療行為はやらせてません」
……ユミちゃんに口止めはしましたか?
「口止め? 何のために?」
ここでの事を誰にも……
トラブルの手話の途中でスマホが代表からのメールを知らせる。
トラブルは顔をしかめながらメールを読み、ヤン・ムンセに作業を続けるよう伝えて医務室を出て行った。
エレベーターが専用運転になっていた。
メンバー達が帰って来たようだと思いながら、トラブルは階段を駆け上がり、最上階の代表室へ向かう。
ノックをして入ると、代表と壮年の男性事務員が怖い顔で待ち構えていた。
代表がトラブルを呼んだ理由を説明する。
その内容はこうだった。
この事務員は上司にのみ
それは仕事をする上で偏見や差別を防ぐ為であり、仲間に気を使わせない為でもあった。
しかし、知らないはずの職員から透析の事を
事務長は職員からの聞き取りで、すでに多数の職員が、この方が透析患者であると知っており、それはメイク室からの情報であったと突き止めた。
メイク室のチーフであるユミちゃんは自分が医務室で見聞きした情報をスタッフに話していたと認めた。
「で、この方は非常に
トラブルは、申し訳ありませんと、すぐに頭を下げる。
今しがたヤン・ムンセから聞いた話を説明し、経験の少ない医師の守秘義務違反があったと認めた。
「医者が漏らした⁈ 障害者の看護師でなくて⁈」
代表の言う通り、怒り心頭する事務員は収まらない。
トラブルは再び、申し訳ありませんと、頭を下げた。
事務員はトラブルを責め、
トラブルは、何度も頭を下げ続けたが、それでも怒りの収まらない事務員は右手を振り挙げる。
トラブルは覚悟をしてギョッと目を
振り下ろされる瞬間、代表がその手を止めた。
代表は事務員の手首を
事務員は代表の気迫に負けて、戸惑いながらもその手を下ろした。
「お前は、仕事に戻れ」
代表の言葉に、トラブルは頭を下げながら部屋を出る。
ドアの外で、ふーっと、
医務室に戻るため階段を降りる。
医務室では、半べそのユミちゃんから話を聞いたヤン・ムンセが「どうしよう!」と、頭を抱えていた。
「ごめんなさい。先生、私がお喋りだったから」
「いえ、自分の責任です」
そこに、休憩になったメンバー達が入って来た。
しかし、2人は答えることが出来ない。
「何かあったの?」
ノエルも聞くが、ユミちゃんとヤン・ムンセは目を合わせ、それを答えて良いものか判断がつかなかった。
「まさか、トラブルに何かあったの⁈」
テオがユミちゃんの肩を
その時、トラブルが帰って来た。
「トラブル! ごめんなさい!」
ユミちゃんが駆け寄る。
トラブルはユミちゃんの髪を、大丈夫と撫でた。
ヤン・ムンセも「すみませんでした!」と、頭を下げる。
トラブルはヤンの肩に軽くグーパンチを浴びせた。
「ねえ、本当に何があったの?」
ノエルが聞く。
「重大な守秘義務違反だよ!」
突然、代表の声がして全員がドアを見る。
代表はずんずんと進み、ヤン・ムンセの襟を両手で掴んだ。
「お前なー! 医学部で最初に医療倫理って習わなかったか⁈ ああ⁈ お前だけでなく雇っている会社も訴えられる所だったぞ! ああ⁈ こっちは、あのジジイに
代表の恐ろしい怒号に、ヤンだけでなくメンバー達も血の気が引く。
「も、申し訳ありません!」
ヤン・ムンセは青い顔をして土下座をした。
トラブルは代表に、まったく……と、呆れた顔をして、土下座しているヤンの背中を踏みつけた。
「ぐえっ」
そのまま乗り越えてカルテを取りに行く。
ヤン・ムンセのカエルを潰したような声に、思わず吹き出すメンバー達。
トラブルはカルテを持ち、また、ヤンの背中を踏みつけてパソコンの前に戻った。
ヤンは床に寝そべったまま「おおおー……」と、痛みに
手を叩いて笑うノエルとジョン。
ユミちゃんも笑いをこらえながら、踏みつけられたヤンを「先生、大丈夫?」と、助け起こす。
トラブルは半笑いで代表に手話をした。
示談内容は?
「契約社員から正社員への変更と終身雇用だ」
その程度で済んで良かったです。
「簡単に言うな。お前が絡むと金が無くなる。あ、お前が殴られれば
トラブルは腰を曲げて笑う。
「お前ら仕事に戻れ!」
代表は強くメンバー達に言うが「まだ、休憩時間でーす」と、ノエルには通じない。
代表はユミちゃんに矛先を向けた。
「ユミ! 仕事に戻れ!」
いつもなら言い返すユミちゃんは、トラブルにハグをして神妙な面持ちで代表と出て行った。
ヤン・ムンセはトラブルに「申し訳ありませんでした」と、再び頭を下げる。
私の監督不行届です。次は許しませんけどね。
「はい、申し訳ありませんでした!」
トラブルは笑いながらヤンに昼休憩に行くように伝える。
ヤンは背中にトラブルの足跡の付いた白衣を脱ぎ、医務室を出て行った。
それ、私の分もあります?と、トラブルはジョンとテオが持っている袋を指差す。
「あ、バレてた?」
「そろそろ健診も終わりだから一緒に食べられるかなって思って。中華料理のテイクアウトでーす」
テオとジョンは袋を掲げて見せる。
トラブルとセスは皿とコップを並べた。
「箸はついてるか?」
「あるよー」
「水しかないの?」
「気の抜けたコーラならあるー」
いつもの様に
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