第104話 チューしません!


 トラブルはノックしてから返事を待たずにドアを開けた。


「トラブル、どうしましたか?」


 話題の人が現れてゼノが咳払いをしながら応対する。


 トラブルはセスに手話で、パッチテストをやらせて下さいと、言う。


「パッチテスト?」


はい。このゼリーとアルコール綿を腕につけて赤みが出ないかテストさせて下さい。


「何の為に?」


心電図検査の時、このゼリーを使いますが、1名、かぶれてしまいました。あなた達がかぶれてからでは遅いので先にテストをします。座って両袖を肘の上まで、めくって下さい。


 メンバー達は言われた通りに袖をめくる。


 トラブルは左腕にゼリーを3㎝大、右腕にアルコール綿を乗せた。


7分待ちます。


 セスの通訳に「7分? 結構長いね。そこのスマホ取ってくれる?」と、ノエルがトラブルに言う。


「僕のスマホも取って」

「僕のもー」


 テオとジョンが続く。しかしトラブルは、動いてはダメですと、伝えた。


「えー!拷問だー!」 


 ジョンの叫びに思わず眉を上げる。


いいですね。時間を延ばしますか?


「やめてー!」


 即座に答える末っ子に腰を曲げて笑う。


 そんなトラブルを見て、セスが目を細めた。


「お前、絶対、ドSだな」


「トラブル、ソンさんはどこが悪かったのですか?」と、ゼノが話題を変えた。


いえ、大丈夫ですよ。少し眩暈めまいがしたようです。


「大丈夫、少し!」と、ジョンが叫ぶ。


「ジョン、手話が分かったの⁈ 」

「へへー、見てたら覚えて来た」

「すごいですねー」


 ゼノに褒められてジョンは嬉しそうに笑う。


 7分経過し、トラブルは一人づつティッシュでゼリーを拭きとり、アルコール綿を回収した。腕の状態を確認して行く。


 ノエルは両腕とも薄くピンクになっていた。ジョンはゼリーで赤く、アルコールで薄ピンクになっている。


かゆーい!」と、ジョンが訴える。


 トラブルは慌ててジョンに手洗いをするように手話をした。


「洗う?」と、ジョンは、聞き返す。


「早く、洗って来い」


 セスが促し、ジョンは走って手洗い場に行った。


 トラブルはノエルに、かゆいですか?と、聞く。


 セスが、通訳し「かゆくはないよ」と、ノエルは返事をした。


 トラブルは考え込む。


 ジョンはゼリーがダメでアルコール綿にも弱い。ノエルも若干だが反応していた。


(このゼリーはアルコールが含まれているのか? ソン・シムと自分を入れて7人中3人が反応したということは、えーと、割合的には…… )


 トラブルが頭の中で計算をしていると、ジョンが「いたがゆくなって来たよー」と、半泣きで腕を差し出した。


 見ると、先程よりも赤みが強くなっている。


(あ、これはダメだ)


 トラブルはジョンの手を取り、もう一度石鹸で洗い流す。手話で、医務室へ行きましょうと、ジョンを連れて出て行った。


「僕も医務室に行って来る」


 テオが部屋を出ようとした時、マネージャーが「レコーディングですよー」と、現れた。


 ジョンがいない事に気づいたマネージャーは「テオはいるのに」と、失礼な事を言う。


「テオ、ジョンを連れてきて下さ……あれ? いない」


 テオはすでに廊下を医務室に向かっていた。


 医務室のドアには診察中の札がかかっている。


 そっとのぞくと、ジョンの腕に軟膏を塗りながら微笑むトラブルが見えた。 


 ジョンに手話を教えているようだ。


痛い。 

「いたい?」


ダメ。

「だめ?」


正解。

「分かんない」


 トラブルは思わず吹き出している。


 ジョンは袖を伸ばしながら「もっと教えて」と、言った。


明日も。

「あした?」


来て下さい。

「きて?」


正解。

「分かんない」


 トラブルは頭をカクッと落として笑っている。


 テオは「明日も来て下さいだってさ」と、入って行った。


「それは、分かったよー。最後が分かんなかったんだよー」

「トラブルは正解って言ったんだよ」

「あ、これは正解って意味かー。覚えた」


 ジョンの言葉に、顔を見合わせて笑うトラブルとテオ。


「ジョン、レコーディングが始まるから戻るよ」

「はーい。トラブル、あ・し・た・き・ま・す」


 ジョンはデタラメな手話をやり、ふざけてみせた。


「ジョン!それは、いけない。バカにしているように見えるよ。手話は言語なんだから、からかったりしてはダメだ」

「ごめんなさーい」


 素直に謝るジョンに微笑むトラブル。


 テオに、ありがとうと、手話をする。


「どういたしまして。さ、ジョン行こう」


 テオとジョンは医務室を出た。


「あー、ジョン、先に戻ってて」と、テオは医務室に戻る。


 カルテに記入しようとしていたトラブルは顔を上げて戻って来たテオを見る。


「あの、トラブル。僕は仕事をしているトラブルの顔が好きです。ずっと見ていたい。だから、あの、キスとかやめた方がいいと思って。嫌じゃ無いんだけど、その、やっぱり、仕事場だし……もし、人に見られたら…… 」


はい。私もそう思います。もう、しません。


「え、嫌だ!」


 トラブルは、ええ⁈ と、テオを見る。


「…… したいよ。最初にしたのは僕の方だし、今もやめようと言い出したのは僕なんだけど、トラブルを見るとしたくなって…… あ、変な意味ではありませんよ。えーと…… 」


私も同じ気持ちです。職場ではやめましょう。


「そう! 職場ではやめましょう。それです」


 トラブルは笑いながら心の中で思う。


(ホント、可愛い奴…… )


 じゃあと、2人は握手を交わす。


 テオがドアに向かうとロールスクリーンの隙間からジョンがのぞいていた。


 テオはドアを開け「何やってんの?」と聞く。


「チューするかもと思ってー」

「しません!戻るよっ!」

「はーい」


 ジョンがテオの後を追って走って行った。




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