第137話 トラブルは記憶喪失?


「テオのスマホでトラブルに連絡をしておくつもりですか? 履歴が残りますよ。コソコソしないで、テオに言って堂々と会いに行けばいいのに」


 セスは手を止めた。


「テオは関係ない。俺の問題だ」

「まだ、トラブルの過去が気になりますか……」


 ため息をくゼノに、自分の疑問をなんとか理解してもらいたいとセスは早口になる。


「ゼノ聞いてくれ。チェ・ジオンの事件の謎は、もう探らない。だが、あいつの幼少期の虐待は明らかにしたい。そこをカミングアウトしないとあいつは一生その呪縛から逃れられない。9歳で、この国に養子に来たってそれは日本の年齢でか? 韓国の歳だとしたら、もっと幼少期に連れて来られた事になる。日本で養護施設の先生としか遊んだ記憶がないと言っていた。おかしいだろ? 児童養護施設で子供同士で遊んだ記憶がないなんて。隔離されていたのか? あいつは記憶を失っているのかもしれない、そこを思い出させれば……」

「セス、 傲慢ごうまんですよ」

「傲慢⁈ 俺が⁈」

「トラブルを救いたい気持ちは分かります。でも、それはトラブルが望んだ時にと、一番理解しているのはセスでしょう」


 ゼノはデリケートなセスを傷付けないように務めて柔らかい口調で言う。しかし、セスは説得を止めなかった。


「記憶を失っているかもと言っただろ? 今、あいつは記憶をさかのぼって幸せだった頃を思い出そうとしているはずだ。俺がそこにヒントを与えれば……きっと、俺ならあいつの記憶を取り戻す事が……」

「それが傲慢ごうまんだと言っているのですよ!」


 韓国で1、2を争うアイドルグループになれたのは、お互いの相乗効果だと充分に理解する2人が対峙する。


 その時、ドアが開きノエルが顔を出した。


 ノエルはその空気を読んで逃げ腰になりながらも言わなくてはならない事を言う。


「ごめん、大きな声が聞こえたから。あのさ、もうすぐテオがお風呂から上がってくるよ」

「すみませんねノエル。セス、部屋で話しましょう」


 ゼノはセスを従え、2人でテオの部屋を出る。


 リビングでゲームをしていたジョンは不安な顔でそれを見送った。


「ジョン、大丈夫だよ。さ、続きやる?」


 ジョンは気を取り直してノエルにコントローラーを渡した。


「2人とも、まだ寝てなかったんだー」


 テオが出て来た。


「長いお風呂だったね」


 ノエルが微笑みかける。


「うん、いろいろ考えちゃって」

「ゲーム、一緒にやる?」

「ううん、もう寝るよ。おやすみ」


 テオは自分の部屋に入っていった。ノエルはテオを追いかけて行く。


 1人、リビングに残されたジョンは無言でゲームの電源を切った。


(また、僕だけけ者だ……)





「テオ、あまり悩まないで。セスもテオのせいじゃないって言ってたでしょう?」


 ノエルは幼馴染を心配する。


「うん、でも、僕がしっかり言葉を選ばないと、皆んなに迷惑をかけるから……」

「迷惑なんかじゃないよ。そんなふうに思っちゃダメだよ。テオとトラブルの事、応援しているんだからね」

「うん、分かってる。ありがとう」


 暗い顔の似合わない幼馴染をなんとか元気付けようと、ノエルは明るく言った。


「テオ、デビューの前日みたいに一緒に寝ようよ。ほら、2人とも緊張して寝れなくて僕のベッドで寝たでしょ? 今夜はテオのベッドで寝よう」

「あはっ、懐かしいな」

「ほら、おいでよ」


 ノエルはテオの手を引きベッドになだれ込む。ノエルが腕枕をすると、テオの足はベッドからはみ出てしまった。


「ベッドが小さくなった」

「テオが大きくなったんでしょー」

「僕達、大きくなったよね」

「うん、大きくなった。でも、もっと大きくなるよ。世界中で僕達の事を知らない人がいなくなるくらいに、もっともっと、もーっと大きくなる」

「5メートルくらい?」

「あはっ! ジョンみたいな事言うー」


 ノエルはテオの背中をさする。


「……この感じ、懐かしいね」

「うん、子供の頃に戻ったみたいだ」

「おやすみ、テオ……」

「おやすみ、ノエル」





 ノエルはテオが寝たか確認をして、テオの頭から腕をそっと抜き、ベッドを出る。


 リビングの電気はすでに消されジョンの姿はない。ジョンの部屋をのぞくと、ジョンはすでに口を開けて寝ていた。


(可愛い奴……)


 ノエルはジョンの布団をそっと掛けなおす。


 セスの部屋のドアから灯りが漏れていた。


(まだ、2人は話しているのかな。ゼノに任せておけば大丈夫って信じているけど、こんなに長い時間、話し合っているのは始めてだ。セスはテオの部屋で何をしていたのだろう……?)





 セスは、トラブルが泊まりに来た時に自分のパソコンを触った形跡があると、ゼノに訴えていた。


「検索履歴を見たかも」

「かも? セスの検索履歴を知ってトラブルはどうするんですか? 逆にトラブルに知られたくない履歴があったのですか? チェ・ジオンさんの事件を調べていたのではないのですか?」

「いや、調べていない。俺が調べていたのは……」

  

 セスは正直に話した。


「代表の兵歴へいれきだ」

「代表⁈」

「代表は徴兵ちょうへい期間を2年半も延長している。合計4年半もの間、陸軍に在籍していた……それしか、突き止められなかった」

「なぜ、代表を調べたのですか?」

「トラブルの嘘をあばく為だ」

「セス、何を言って……」


 言葉の出ないゼノに訴える。


「ゼノ、聞いてくれ。あいつが精神病院を退院してから俺達と会うまでの間に、代表がパク先生に写真集の依頼をしてあいつと出会っていた話には無理がある。なぜなら、代表はこの年まで軍に所属していたから! 会社を立ち上げたばかりの代表がパク・ユンホ事務所に出入り出来たわけがない。まだ、正確な年月日は調べないと分からないが、でも、計算が合わないのは事実だ」


 セスは一息で話しきり、ゼノの反応を待つ。


 ゼノは思わぬ事を口にした。


「セス……私は、その答えを知っています」







【あとがき】

韓国では年齢を数え年でカウントします。

生まれた時は一歳。

誕生日ではなく元旦に二歳になります。

でも、誕生日のお祝いはします。

その時は歳を取らないってことだよねー。

その辺りに詳しい方がいらっしゃいましたら教えて下さい。

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