第408話 逮捕


 逮捕という言葉を聞き、チョ・ガンジンは一瞬、驚いた顔を見せる。しかし、すぐにいつもの太々ふてぶてしい態度に戻った。


「理由は何ですか? 不当な扱いは心外ですが」

「不当かどうかは、こちらの検事補が決める事だ」


 代表が手で示す人物は、チョ・ガンジンに軽く会釈をした。


「け、検事さんでしたか……では、そちらは?」


 チョ・ガンジンは隣の人物を指した。


 検事補の隣の人物は、自分は会社の顧問弁護士だと自己紹介をする。


「チョ・ガンジン氏が、我が社に与えた被害額と5年前に辞めた練習生からの告訴状です。こちらが帳簿の原本です」

(第2章第382話参照)


「何⁈ 告訴状⁈」


 チョ・ガンジンが大きな声を挙げても、検事補と弁護士は顔色を変えなかった。


 検事補は告訴状が正式なモノであると確認してから帳簿を広げる。


「な、なんだよ。ただのノートじゃないか。子供の小遣い帳が証拠になるのか⁈」


 チョ・ガンジンは動揺しながら、検事補の持つ帳簿を指差す。


 弁護士は「この練習生は、この時、すでに成人していました。日付もありますし立派な証拠になり得ます」と、言った。


「立派な横領だ」


 代表はチョ・ガンジンを見据みすえて言う。しかし、チョ・ガンジンは動じなかった。


(まあ、いつかはバレると思っていたし、少額で初犯だ……賠償金を払って示談に……)


 弁護士は続ける。


「次に、こちらの告訴状をご確認下さい。こちらは額が大きいです。ハン・チホ氏の父親からの告発です」


 弁護士が差し出した書類を検事補は受け取る。


「確かに……2回分の支給金のほとんどが、本人に渡らずに、あなたが引き出して、同じ額がその日に不動産業者に支払われていますね」

「な、何を言うんだ⁈ 俺が引き出した証拠がどこに⁈」


 チョ・ガンジンの疑問に、検事補は冷静に答えた。


「銀行側から、引き出された場所と時間の防犯カメラの映像が提出されています。顔認証であなただと証明された書類が添付されています」


 太々ふてぶてしい態度が消える。


「ひ、引き出したのは認めるが、本人に使ったんだ。服や靴なんかを……」

「不動産業者はチョ・ガンジン氏自ら、契約金を現金一括で支払ったと証言しています。あなたの銀行口座から引き出されてはいません。どこから、この現金を調達したのですか?」

「ぎ、銀行口座なんか、どうして見れるんだよ。俺は許可していない……ふ、不法捜査だ!」


 弁護士は検事補と顔を合わせて「不法ではありません」と、冷静に言った。


「刑事事件だからな。銀行も協力したんだよ」


 代表はチョ・ガンジンを真っ直ぐに見て言う。


「お、おかしいだろ! 逮捕されてから検事局に行って起訴、不起訴が決まるものだろ! なんで、検事がここにいて、そんな、ふざけた証拠を並べ立ててんだ! こんな茶番認めないぞ! 俺は認めないからな! せいぜい、証拠集めに頑張んな! ヒマ人共が!」


 チョ・ガンジンが捨て台詞を吐いて、執務室を出ようとした時、直立不動で黙っていた2人の男が動いた。


 2人はチョ・ガンジンの行く手を塞ぐ。


「なんだ、お前ら! どけよ!」


 チョ・ガンジンは驚きながらも、2人の間に割って入り、ドアに手を伸ばす。


 2人はチョ・ガンジンを押し戻した。


 検事補はその様子を見て「うーん……」と、腕を組んだ。


「『逃亡の恐れがある』とは、なるほど、その通りですね」


 検事補は代表に言い、2人はうなずき合う。


 検事補はチョ・ガンジンに座る様にうながした。


「落ち着いて下さい。あなたの言う通り、これは通常ではありません。横領の場合、まず、ある程度の捜査をして、黒と目星を付けてから被疑ひぎしゃに、この様な疑いがかけられて捜査した結果、こうなったので任意同行をお願いしますと、なるわけですが、あなたの場合は複雑な併合罪へいごうざいを法的に、どう処理するか……横領に詐欺に未成年者みせいねんしゃ略取りゃくしゅと暴行ですよ。初犯とは思えませんね。叩けばホコリが、まだまだ出てきそうで……求刑を適切に行わないと、我々がマスコミにねー……そういうわけで、この場を作らさせて頂いたのです」


 チョ・ガンジンは立ったまま、口から唾を飛ばして叫んだ。


「詐欺って何だ! 暴行なんてしてないぞ!」

「詐欺罪は、横領が発覚した場合、相手に損害を与えると知りながら、不動産契約を結んだ事です」

「横領の金だって言うバカがいるかっ!」

「ああ、横領と詐欺は認めるのですね。では次に未成年者みせいねんしゃ略取りゃくしゅはどうですか?」

「なんだ、それは! どういう意味だ!」

「自己、又は第三者の支配下に置く事です。複数の保護者から被害届が出ています。未成年者ではない方からも訴えがあるので調査中ですが、受理されれば、さらに複雑な裁判になりそうですね」

「バ、バカな! 俺は会社の命令で練習生達の面倒を見ていたんだ。会社の命令だ! 全部、こいつの命令だったんだ!」


 チョ・ガンジンは代表を指差した。


「俺は携帯電話を取り上げろ。病院に連れて行くなとは命令していないぞ」


 代表は冷静に答える。


「嘘だ! こいつは嘘を言っている!」


 興奮するチョ・ガンジンにうんざりしながら、弁護士は検事補に言った。


「複数のマネージャーが代表を擁護ようごする証言をしています。書面で提出する準備は出来ています」

「分かりました」


 検事補は満足気にうなずく。


「俺をハメる為に、結託したんだ! あいつら、俺にいい思いをさせてもらっていたクセに! そうだ、暴行はどうなんだ⁈ それこそ、なんの証拠もないだろ!」


(あの女のスマホを踏み潰してやったからな!)


「暴行の件は……確たる証拠がので、手続きは簡単に済みます」


 予想と違う返事に耳を疑う。


 弁護士は代表に向かい、目で合図を送った。


 代表は合図をうなずいて受け取り、大きな声でドアの外の人物を呼んだ。


「おい、入ってこい!」


 ドアが、ゆっくりと開き、白衣を着たトラブルが姿を現した。

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