第589話 オブラートに包んで
それぞれの夜がふけて行く。
ノエルはシンイーとキスをしながら押し倒したい衝動に駆られるが、ここは初体験の場所としては相応しくないとグッと
意識が身近なモノに飛びまくり、消耗した精神と体力の回復が出来ずにいたセスは、ジョンに支えられ宿舎に入ってから顔面いっぱいに描かれたシェパードに気が付き、驚いて意識が飛ばなくなった。
出前の焼肉と寿司を頬張りながら毛並みの1本1本が丁寧に描かれたアートに釘付けになり、ジョンがニカッと笑うたびに「怖っ」と、反応し、それに気を良くしたジョンがニカッを繰り返し、不思議とそれでアンテナが畳まれて行くのを感じていた。
バスルームで手の平のキズを洗い流したトラブルは、アヘンの臭いがテオに感じられてしまうかもとシャワーを浴びる。
テオは片付けをして、ソファーやテーブルの位置を戻して待っていた。
いつもよりも長いシャワーに不安になる。
「トラブル? 手伝おうか? 大丈夫?」
ドアの外でテオが優しく声を掛けてくれている。頭から熱いシャワーを浴びながら、自分の薬物依存の過去を打ち明けるべきか悩んでいた。
治らない貧血もしつこい
妊娠しないのも過去の薬物依存が原因だと思っている。
(アヘン街で何があったのか、言わないといけないよね……)
重い気持ちのままバスルームを出た。
テオがホッとした表情で出迎える。
優しい眼差しで差し出された水を受け取り、話を切り出そうとするとテオが止めた。
「待って。僕が聞く態勢になってない。受け止める自信はあるよ。でも、まず僕もシャワーを浴びて来る。夕飯を食べながら話そう」
それだけ言って、シャワーを浴びに行ってしまった。
(聞くのが怖いんだな)
それがテオの本音だと思う。
あまりにも世界が違う話だ。
愛されて育ったスーパーアイドルと薬物依存の後遺症を抱える
似ている顔はただDNAの配列が見せているだけで、なんの意味も持たない。
食欲はないがテオには食べさせなくてはならないと、冷蔵庫を
セスが残していった肉と野菜を炒めていると、テオが髪の
「いい匂いだね。ワインを開けてイイかなぁ」
ありあわせのおかずで乾杯する。
テオはグラスを持ち上げて、しかし、飲まなかった。
「お酒の力を借りてちゃダメだよね……あのね、セスはトラブルの過去が気になるみたいなんだけどさ、僕は今が大事なんだ。寝ててうなされている時があるから、どんな辛い事があったんだろうって思うけどさ……話して楽になるんだったら聞くよ。話して欲しいって……いつも、思ってるから。少し怖いけどね」
トラブルはじっと手元を見つめた。
気持ちは嬉しい。でも、やはり話せないと思う。あまりにも美しい若者に愛していると言われ、それ以上を望む必要があるだろうか?
嫌われたくない。目を
自分の意思で招いた愚かな行為の後遺症は、自分1人で背負えばいい。
大好きなワインに手を出さず、真っ直ぐに目を向ける恋人を納得させる為、真実をオブラートに包んで告げる。
私はチェ・ジオンが殺されてから何度も死のうとしました。
「うん。そうだったね」
パク・ユンホに精神病院から出された私は、自暴自棄に
「悪い友達と悪い事を?」
はい……。
「パク先生の家を家出して?」
はい。
「どんな事をしたの?」
それは、その……盗んだり……。
「お金とか?バイクとか?」
そうですね。
「お金とバイクを盗んで友達と乗り回していたの?」
はい。他にもいろいろ……。
「不良だったって事?」
そうですね。かなりタチの悪い……不良でした。
(テオの不良の定義はなんだろう……?)
「アヘン街のアヘンって麻薬の事だよね?」
……そうです。
「トラブルも麻薬をやった事があるの?」
……あります。
「あるの⁈ うわ、どんな感じだった?」
(なんだろう、好奇心? )
どんなと言われても……。
「ほら、気分がハイになるとか言うじゃん? 本当にそんな感じがしたの?」
いいえ、最悪です。気分が悪くなって……。
「なんだ。そうなんだー」
(なんだってなんだ⁈)
テオ、興味があるのですか? 薬物に。
「やろうとは思わないけどさー。ハイになるとか疲れを感じなくなるとか聞くと、本当なのかなぁって思ってたんだー」
絶対に手を出してはいけません。
「分かってるよー。ただの好奇心。そっか……話してくれてありがと」
いえ。
「ねぇ、トラブル? セスもトラブルも悩みすぎなんだと思うよ? 今は不良じゃないんだからさ、過去は忘れられなくても少し横に置いておくとかしてさ。ね? そんなに難しい事じゃないでしょ?」
そうですね。
トラブルはやはり真実を伝えなくて良かったと思う。
テオにはキラキラした世界を歩いていて欲しい。
2度とテオから『永遠』と『ずっと』を奪わないと心に誓う。
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