第388話 隠しカメラ落ちてんじゃん!

(セス……僕が欲しい言葉を言ってくれてありがとう……)


 ノエルは微笑みながら思わず目頭が熱くなる。


 ゼノはノエルの肩に手を置いた。


「ノエル、大丈夫ですか? 今の意味は……説明は出来ないと言われましたね……」

「ゼノ。僕ね、セスに褒められてすごく嬉しい。他の誰よりも嬉しいかも……」

「そうですね。セスが褒めるなんて珍しいですからね」

「うん。僕の中で見て、感じて、それでも褒めてくれたって事は、自信を持ってイイって事だよね」

「え、ノエル、自信を失っていたのですか?」


 ノエルは呆れた顔でゼノを見て、話題を変えた。


「……ゼノ。今夜テオがトラブルの家に泊まるって知ってた?」

「え! 聞いていません! そうですか……今夜ですか……」

「僕達に知れると、トラブルに拒否られちゃうと思って内緒にしてたんだってさ。からかったりしないのにねー」

「からかいはしませんが……明日の朝、テオに会ったら気まずいですね」

「なんで⁈ 」

「いやー『おめでとう』でもないし『どうだった?』も、おかしいし……」

「あー、なるほど。トラブルが今日と知られるのは嫌だって言うのはテオの為かー……ゼノ、聞かなかった事にして」


 ノエルは髪をかき上げる。


「え! なぜですか⁈」

「テオの為にさ。テオから話して来るのを待ってよ」

「まあ、そうですよね。いつも通りに接します」

「よろしくね。ジョンには絶対秘密ね」

「はい、そこは必ず。知れたら大騒ぎになりますからね」

「『羨ましい〜』ってなるよ」

「『僕も〜』と、始まりますね」

「セスが『うるせー豚』って言って、今度こそジョンはセスを刺すね」

「目に見えて明らかですね。絶対秘密です」

「絶対の絶対」


 ノエルとゼノは顔を見合わせてうなずき合う。






 一方、ハン・チホの部屋に隠しカメラを仕込み終わったトラブルは、会社の医務室で仕事をしていた。


(何か忘れている様な……思い出せない。気持ち悪いなぁ)


 練習室には学校帰りの練習生達が集まり出していた。その中には、ハン・チホの姿もある。


 ハン・チホは練習が終わったら速やかに宿舎に帰る様に事務局長から言われていた。


(チョ・ガンジンさんに呼び止められない様にしないと……)


 事務局長は、移籍の話を社内でする可能性は低いが、万が一、呼び止められて移籍の話をされたら、宿舎に帰ってから話す様にチョ・ガンジンを誘導しろと、念を押した。


 ハン・チホは、はいと、返事はしたものの自信はなかった。そこで挨拶を終わらせると、雑談するルームメイトを横目に、すぐレッスン室を出た。


 すでに外は真っ暗で、ハン・チホは足早に宿舎に向かう。


(事務局長達は、どこにいるのだろう……)


 宿舎前で辺りを見回すが、それらしき車は停まっていなかった。


 ハン・チホは部屋に上がって行った。


 少し離れた場所に停まる車の影から、トラブルは立ち上がった。


(よし、ハン・チホが帰った。あとはチョ・ガンジンを待つ……事務局長が来ないと中の様子が分からないんですけどー……)


 トラブルは宿舎の入り口を見ながら、じっと2人の到着を待つ。


(10時って事務局長が言ったのに遅いな……)


 約束の時間をとっくに過ぎた頃、事務局長の車が宿舎の前に停まった。


 トラブルは小走りでその車に近づき、中をのぞき見る。事務局長は中から手招きをしてトラブルを助手席に座らせた。


「遅くなりました。同じ部屋の練習生達を食事に連れ出したらハン・チホの生活費が多いと質問ぜめにあいまして……話題を変えるのに手間取りました」


「さて……」と、事務局長はパソコンを取り出し、電源を入れた。


 パソコンは車の中を照らす。すると、トラブルが手を伸ばしパソコンを閉じた。車内は再び闇に包まれる。


「何ですか⁈」


 事務局長がトラブルの指差す方向を見ると、チョ・ガンジンがこちらに向かって歩いて来ていた。


 事務局長とトラブルは頭を低くし、目だけでチョ・ガンジンが宿舎に入るのを見届けた。


「危ない、危ない。さて、カメラを……」


 パソコンを操作して、部屋の隠しカメラにアクセスする。


 すると、1つのカメラの画面が床の板目をアップで映し出していた。


「あれ、床に落ちて……どのカメラだ?」


 事務局長は慌てて画面を切り替え、床を映すカメラを特定した。


「マズいです。テレビの上のカメラが床に落ちています。古い型なので頭が重くて……拾われたら気付かれてしまう……」


 その時、床に影が映った。カラフルな靴下が見える。


「ハン・チホ! 拾って隠してくれ……」


 事務局長は祈る様に言うが、靴下は通り過ぎて行った。


 壁掛け時計のマイクは、チョ・ガンジンの声を拾い、固唾かたずを飲んで見守る車内に届ける。


 チョ・ガンジンは計画が順調に進んでいる事に、満足していた。事務局長が自ら退職して立ち上げを行ってくれるとは思っても見なかったが、これで自分への責任は皆無になった。


(あとは、金の卵を俺の手に……)


 頬が上がりっぱなしの顔を下げ、真面目な顔を作ってハン・チホと向き合った。


「お疲れ様です」


 ハン・チホは丁寧に頭を下げてチョ・ガンジンを部屋に入れた。


「おう、お疲れ。今日の練習は順調だったか?」

「はい。ターンにキレが出て来たと先生に褒められました。と言っても、まだまだですけど……」

「お前はボーカル志望だよな? なら、ダンスはダンサーに任せておけばいいんだよ。ボーカルレッスンはどうだ?」

「高音が今ひとつと言われています」

「そうか……。俺はな、お前はソロの方が向いていると思うが、どうだ?」

「どう……とは?」

「会社のボイストレーナーは、お前の才能に気付いていないと思っている。お前はもっと環境の整った施設で、お前の声に合った曲を練習するべきだと思わないか?」


 車内で耳を澄ませていた事務局長とトラブルは(来た!)と、前のめりになってパソコンを凝視した。

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