第305話 無言電話


「飲まなくていいよ。雰囲気だけでもって思ってさ。カンパーイ」


 2人はグラスを交わし、トラブルは少しだけ口を付けた。


「あ。これ、好きかも」


 テオはワインを飲みながらステーキを切る。トラブルのワゴンには和風の食器が並んでいた。


「それは、何?」


 テオはふたの付いた、おわんを指して聞く。


 トラブルが蓋を取ると、鯛茶漬けが湯気を上げた。


「うわ、美味しそうだね、一口ちょうだい」


 テオは、あーんと、口を開ける。


 トラブルは箸で鯛をほぐし、テオの口に入れた。


「ん! 美味しいよ! 食べてごらん」


 トラブルも一口食べ、ん〜!と、頬を叩く。


「美味しいよね。僕のも食べていいからね」


 テオはトラブルのグラスに水を入れて、自分のグラスにはワインを注いだ。


 トラブルは、一口ごとに身をよじって美味しさを表現した。


 テオは話したい事がたくさんあったが、トラブルがあまりにも美味しそうに食べるので、邪魔をしたくないと食事に集中した。


 テオのスマホが鳴った。


「ノエルからだ。あ、ジョンが日本酒を飲んでる! どうなっても知らないぞ〜。こっちは、豪華なルームサービスでーす……送信!」


 トラブルは箸を置いて、手話をした。


今日はLiveは、やらないのですか? 初日でしたし、ノエルが泣いてしまった事とか、ファンに気持ちを伝えないのですか?


「あー、どうだろう……ノエルに聞いてみるね」


 テオは、ノエルにLiveをやらないのかと聞く。


「ん、返信来た。やってもいいよー、だってさ。じゃ、マネージャーに連絡しないと。えーと……」


 何度かやり取りをして、今夜、Liveを行うと決まった。


「ん? ゼノとセス? ゼノはあの調子だし、セスも多分、寝ちゃっていると思うよ」


そうですね。では、終わるまで自分の部屋で待っています。あ、散歩に出ようかな。


「もう暗いし1人は危ないよ。ソヨンさんとか、誰かを誘ってにしなよ」


はい、誘ってみます。ここで、やりますか?


「んー、分かんないけど、なんで?」


いえ、ここで寝ない様にしないと。


「あはっ! そうだね。ノエル達も遠慮すると思うから、ここではやらないね。寝ていていいよ」


ありがとう。


「どういたしまして」


 2人は、微笑み合いながらワインと水で乾杯をした。 


 食事を終わらせ、デザートのチョコレートケーキだけを残してワゴンを廊下に出しておく。


 ソファーに並んで座り、テオはトラブルの肩に手を回した。


 トラブルはテオに寄り掛かり東京の夜景を眺める。


「トラブル、体調はどうなの? 貧血はある?」


貧血はー……あります。貧血です。


「違っ。そういう意味でなくて、貧血っぽさの事」


(症状の事かな?)


いえ、ありません。たくさん食べて血が増えているのを感じています。


「感じるの⁈ 驚かされてばかりだよー。本当、きないなぁ」


テオは飽きたらどうなりますか? 次のオモチャを探しますか?


「ええ⁈ 僕は、確かに飽きっぽいけど……でも、トラブルは飽きないよ。うん。目も鼻も口も髪も手も、ずっと見ていたい。見ても見ても、見足りないよ。触っても触っても、触り足りない。キスしても……」


 テオのスマホが鳴った。


「もうっ! ノエルからだ。あ、ノエルの部屋にLiveカメラの準備が出来たってさ。行ってくるね」


 テオはチュッとキスをして、トラブルは、いってらっしゃいと、笑顔で見送った。


 ドアが閉まる。その瞬間、トラブルは行動を開始した。


 まずは、セスの部屋に電話をする。


『はい』


 セスの不機嫌な声が聞こえて来た。


 トラブルは受話器を爪で、コツコツと叩く。


『……お前か?』


 トラブルは再び、コツコツと叩く。


 スマホのアプリが、Liveの配信を伝えた。


 受話器の向こうでも、同じ電子音が聞こえる。


『あいつら、Liveを始めたのか……お前の提案か?』


コツコツ


『ふん、これで2人で話せるって段取りか……』


コツコツ


『……Liveスタッフは、いつも別室で待機している。始まったばかりだと廊下にマネージャーがいる時があるから、見つからない様に気を付けろ。今はー……ちょっと待ってろ』


トラブルは受話器を耳に押し当て、神経を尖らす。


 ドアの閉まる音がして、足音が近づいて来た。


『今、廊下には誰もいない。20秒後にドアを開けるぞ』


コツコツ


『行け』


 トラブルはセスの合図で受話器を置き、テオの部屋から自分の部屋に入って壁のドアを閉める。


 万が一、誰かに見られても良い様に自分の部屋から廊下に出た。


(向かい側がノエルの部屋、その隣がジョン、その向こうが……)


 ドアが内側から開いた。


 トラブルは躊躇ちゅうちょせず、その部屋に飛び込む。


 後ろでドアが閉まった。







【あとがき】

◯Liveとは、アイドルの生配信が見られるアプリです。知っている人は知っている……

当たり前ですね(^_^*)

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