第306話 ヒーローはいない


 トラブルが振り返るとセスが立っていた。


 スマホを向け、Live中の3人のにぎやかな様子をトラブルに見せる。


「あいつらは、いつも1時間は続ける。上手いやり方だな。テオの位置を確実に把握はあく出来る。しかしだ、テオが部屋に戻ったらどうする?」


散歩に行くかもと、言ってあります。


「俺の部屋から出た所を目撃されたら?」


のどの具合が悪いと、セスに呼ばれたと言います。


のどの具合?」


息を吸う時、吸いづらくありませんか?


「……なぜ、気付いた?」


一昨日、私の家で吸気きゅうき高音こうおんが聞かれました。


「何?」


私が首を締めた後に強く息を吸い込み、ヒューッと高い呼吸音が聞こえていました。

(第2章第276話参照)


「それだけで気付いたのか?」


いいえ、歌っている時にも聞こえていました。ごくわずかですが。


「……ゼノの歩幅といい、看護師の職業柄なのか? お前の、その……異常を見つける力は……」


さあ? 元々、人を観察するクセはありましたが……よく母に、見ているなと叱られました。……何番目の母かは忘れましたが。


「お前は『母』と呼ぶんだな。『あの人』や『あいつ』ではなく」


私にとって、同じ意味です。


「『母』の定義が俺達とは違うって事か……」


診察をさせて下さい。あなたは5人の中で、1番、風邪を引きやすい。


「ああ、そうかもな」


 トラブルはセスを椅子に座らせ、口を開けさせる。医療用のペンライトで喉を見た。


 両方の耳下腺じかせんを触り、腫れがないと確認する。


 次に聴診器を取り出し、深呼吸をさせて胸と背中の肺の音を聞く。


(うん、大丈夫……)


 トラブルはOKと指で示し、部屋の加湿器のダイヤルを回してMAXにする。


「乾燥しているか?」


しています。あなたののどはギリギリOKです。他に異常は感じませんか?


「ない」


では……本題に入りましょうか。どこから話せばいいのか……代表が、私のパスポートを知っていた理由ですよね?


「それと、入国が困難になると予測していた点だ」


あまり、愉快ゆかいな話ではありませんよ。あなたが大嫌いな利己主義な大人の話です。


「分かっている」


……当時、私は精神科を退院してリハビリを兼ねて、カメラアシスタントを始めた頃でした。


 トラブルは深呼吸をして言葉を選びながら話し出した。


代表のお父さんとパク・ユンホは懇意こんいにしていました。その時は詳細は分かりませんでしたが、パク・ユンホは会社を通さずに個人的にお金をもらっているようでした。


ある日、代表と代表の父親は、2人でパクを訪ねて来て、3人で長く話をしていました。その時、代表は1人で私の部屋に来て『パク・ユンホの弱みを教えろ』とせまりました。


「弱み?」


私は何の事か分かりませんでした。『あなたは何が知りたいのか』と、聞き返しました。代表は『パク・ユンホを救う為に不正から手を引かせたい』と、言いました。その為には不正の証拠が必要だと。


私は不正なんか知らないと答えました。でも、代表は信じなかった。隠された真実を白日はくじつの元にさらすには、私の協力が不可欠だと言いました。そして、少年達を助ける為だと……。


「少年……」


 トラブルは手話を聞き逃すまいと集中するセスにうなずいてみせる。


私は少年という言葉で、ある事を思い出しました。パク・ユンホは、自分の暗室あんしつで少年達の写真を現像していました。その写真は、しっかりとメイクをして着飾きかざった少年ばかりだったのでアイドルの卵だと思っていました。私が暗室あんしつに入ると『この子は、30万ウォンになった』『この子は、50万ウォンだ』と、言っていました。私が随分すいぶん、高い写真代だと言うと、パクは『これで頭を五分刈りにしなくて済むなら安いと、ポンっと金を払うバカ親がいる』と、笑っていました。


私は代表に、その話をしました。代表はすぐに、兵役へいえき逃れの為のデビュー偽装写真だと指摘しました。私も合点がてんが行きました。『五分刈り』と、パクが言った時、入隊が頭に浮かんでいましたし、有名なパクが撮った写真は業界で一目置かれている事も知っていました。パク・ユンホと代表の父親は、結託けったくして徴兵逃れビジネスをしていたのです。


「……知ってる」


 セスは無表情のまま、ぶっきらぼうに答えた。


知っている? でも……。


「代表は、よほど悩んだんだな。ゼノに告白していた。ゼノが話してくれた」


あー……なるほど、でも少し違います。代表は悩んでなんかいません。警察に突き出すだけの証拠がないと悩んではいましたが。


「告発しようとしていたのか⁈ 父親を⁈」


はい。『クズ』と、呼んでいました。


「ハッ! お前に証拠を集めさせたんだな? でも、上手く行かなかったのか。だから、ただ手を引かせて会社を継いだ。子供達を救う為に……」


いいえ。セス、この話にヒーローはいない。自分勝手で目的の為には人の弱みを平気で利用するヤツらだけ。


「どういう意味だ?」


パスポートは……代表の案です。


「何だと⁈」

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