第307話 生き証人


「代表がお前に養子縁組をさせた⁉︎」


 いつも冷静なセスは驚きを露わにする。


はい。代表は父親のビジネスを引き継ぐフリをして、悪事の証拠を集めていました。パクが私のパスポート申請に行き詰まっていると知ると、徴兵ちょうへい逃れをした金持ちの中に裏で手を回せる人物はいないのかと、パクに持ちかけたのです。その金持ちを脅してパスポートを手に入れればいいと。


恐喝きょうかつと芋づるで、徴兵ちょうへい逃れを摘発てきはつしようとした……で、お前は協力した」


いいえ。私はこれ以上、人生を複雑にしたくないと断りました。今の生活をかき回さないで欲しいと頼みました。


「代表は聞かなかったんだな」


はい。今度は私を脅して来ました。あの事件の生き残りが精神病院を出てここにいると、マスコミにバラすと。残りの人生を穏やかに過ごしたければ言う事を聞けと。

(第1章第34話参照)


「それで、養子縁組を引き受けたのか……」


はい。しかし、代表の思惑おもわくとは違う展開になりました。パクは代表の話に乗るフリをしながら、金持ちを脅すのではなく、幼馴染みに連絡をしたのです。


「それが、大佐……」


大佐の家は、先祖代々、職業軍人でした。そんな名家の戸籍を汚すなんてあり得ないと思いましたが、大佐は幼馴染みの願いを、いとも簡単に引き受けました。そして、代表は証拠をあぶり出す手段を失い、赤いパスポートになった私の偽装を告発する事も出来なくなったのです。敵に回すには相手が悪すぎますからね。


「軍幹部の不正をあばこうなんて自殺行為だからな。パク・ユンホは代表が裏切るつもりだと気付いていた」


その通りです。代表は上手く立ち回っていましたが、パクの方が一枚上手でした。


「お前は平気だったのか? パク・ユンホが恩人とはいえ、犯罪に手を染めている事に」


代表の父親は、金儲けだけが目的の政治的思惑のない薄っぺらい人間です。少年達に売春をさせている噂もあり『クズ』と呼ばれるに相応ふさわしい人物でした。事実、私の寝室に忍び込んで来た事もありました。


 トラブルは肩をすくめてみせる。


パクは、兵役へいえきまぬがれた若者が大人になり、この国をになう人材となった時には、何かを変えてくれるのではと期待していました。具体的には言っていませんでしたが。


「パク・ユンホは国の未来の為になると……」


あの人が、どこまで真剣に考えていたのかは分かりませんが、結果的に親子喧嘩を止め、代表を無謀むぼうな争いから救った形で終わりました。


「じゃあ、なぜ代表の父親は身を引いたんだ?息子がビジネスを引き継ぐと信じて、左団扇ひだりうちわで暮らす為か?」


これは私が感じた事ですが、パクが代表の父親を引退させたのだと思います。代表の背中を叩いて『頼んだぞ』と、言っていました。その後、パクは暗室あんしつの作業をしなくなりました。


潮時しおどきだと、説得したのか……」


おそらく。代表は、大佐がすでに引退されていると知っていたので、入国の際の問い合わせが困難になると予測していました。

(第2章第170話参照)


「お前、ヒーローはいないと言ったが、パク・ユンホがヒーローじゃないか」


パクは代表が現れなければ続けていたと思います。それに、充分、稼いでいました。パク事務所の豊富な資金は、そこから来たものです。


「お前とチェ・ジオンの家を維持出来たほどに……」


はい。汚い金の上で私は寝ています。


「そんな言い方するなよ……パク・ユンホは手段を選ばない男だ。しかし、それは誰かを救う為や、それが必要と信じて疑わない時なんだな……」


単に、人の人生に関わって楽しんでいるとしか思えない時もありましたけどね。


「お前は……今も代表に脅されているのか? 代表がお前を隠そうとする理由は、お前を守る為ではなく、自分の恐喝きょうかつの材料がなくなるからなのか?」


 トラブルは言いにくそうに、ゆっくりと腕を動かした。


……あなた達を守る為です。私の過去を知った者が、私の、その後を調べ始めたら……


「パク・ユンホと、その交流のあった人々も調べる。当然、代表の父親も対象になる。悪い噂のある人物は、お前より美味しいネタになるな」


そして、会社の創設資金疑惑となり、あなた達は大スキャダルの中心人物になってしまう。資金疑惑だけでなく、性接待せいせったい疑惑も降りかかる。


「そうなれば終わりだな。代表は会社をたたみ、俺達は移籍も出来ない。引退だ」


だから『関わるな』と、あれほど言っていたのです。


「なるほどな……やはり、お前を見張る為に会社に入れたんだな。遠くにやっても、すでに関係があるから意味がない」


はい。……代表がパクに助けられたと感じているかは分かりません。しかし、私に対する高待遇は、パクへの恩返しのつもりなのかもしれません。


「……そうだろうな。そして、俺達を守る為と言って、お前を守っている……いや、恐れている」


恐れられている気はしませんが。


「そうか? 俺には、れ物に触る様に接していると感じる。パク・ユンホが死んで、会社と俺達の運命を握るのは、お前だ」


 トラブルは眉毛を上げて見せ、返事をしなかった。


「会社だけじゃない……お前は……『トラブル』は、韓国社会を揺るがす、生き証人だ」


セス、なにを⁈

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