第499話 スケープゴート


 翌朝、マネージャーがメンバー達の部屋の内線を鳴らした。


 ノエルは寝ぼけた声で返事をして受話器を置く。そして、目をつぶった。


 突然、ドアがノックされ、その強い音にノエルは仕方なく体を起こす。


(なんなの……テオが起きちゃうじゃん)


 ノエルが部屋のドアを開けるとマネージャーが「テオはいますか?」と、聞いてくる。


「うん、いるよ。まだ、寝てるけど?」


 ノエルが言い終わらないうちに、マネージャーはドアを押し開き、ベッドで半裸で眠るテオの元に駆け寄った。


 ノエルは(いったい、なんなの……)と、ドアを閉めながら「どうぞ、お入り下さいー」と、つぶやく。


「テオ! これは何なのですか⁈ テオ!」


 マネージャーはスマホを見せて叫ぶが、やっと目を開けたテオには、状況を把握するのが先だった。


「あ、ホテル……まだ、オーストラリアか。マネージャー、おはようございます」

「おはようございますでは、ありません! これはいったい、何なのですか⁈ 」

「ん〜? スマホ?」

「違います! 中身です!」

「スマホの中身はー……人類のー……」

「ボケないで!」

「ねぇ、マネージャーどうしたのさ」


 ノエルが寝ぼけたテオの代わりに聞いた。


「このワインボトルにテオがなんて書いたか知っていましたか⁈ 」

「昨日、シドニー市長にプレゼントしてもらったヤツ? ラベルにメッセージを書いて会社に送ったんだよね?」

「そうですよ! 皆さんは自分やファンに向けて書きましたよね? 帰国してから、このボトルを持って、シドニー市長とオーストラリアのファンに感謝のツイートをする予定でしたが、これ! テオの書いたメッセージが流出したんですよ! しかも、この内容!」

「ええ? なんで、そんな事に? 見せてよ」


 ノエルはマネージャーが振り回すスマホの画像を見る。


 そこにはワインラベルにテオの字で『これは一緒に飲もうね。ユミちゃんと飲んだら嫌いになるよ』と、ハート付きで書かれていた。


 ノエルは、やっと目を覚ましたテオを見下ろす。


「テオー、どういうつもりだったのさー」

「え、だって、自分宛でもなんでも書いてイイって……まさか公表するとは……」

「もー、説明を聞いてないんだからー。で、どうして今、テオのだけ流出したの?」


 ノエルはマネージャーを振り返る。


「確認中ですが、書いた後に預けたオーストラリア側の誰かが梱包前に撮って流したと代表は考えています。梱包したスタッフを調べています」

「ラベルを読んで、これはスキャンダルだと思われちゃったのかー」

「しかも『ユミちゃん』はメイクスタッフだとコアなファンには知られています。テオの相手はメイクの誰かだと広まっています」

「あー……なんか、見えて来た」

「え、何がですか?」

「いや、何でもないよ。テオ、マネージャー、今回は動かなくて大丈夫だよ。ファン達が終わらせてくれるから」


 ノエルは軽くウインクをして見せる。


「しかし、代表が」

「うーん。ま、ルール違反だから流出元を調べるのはイイんじゃん? 再犯防止にもなるし……」


 突然、ノエルは何かが聞こえた様に耳をすました。


「ノエル? どうしたの?」

「……ちょっと、ソヨンさんの所に行って来る」


 ノエルは足早に部屋を出て行った。残されたテオはベッドの上でマネージャーと顔を見合わせて首を傾げる。


 廊下でノエルは、同じく部屋を飛び出して来たセスとぶつかりそうになった。


「セス! ソヨンさんの部屋は⁈ 」

「そこだ! 2426!」


 2人はソヨンの部屋をノックした。


「ソヨンさん、僕だよ。ノエルだよ。開けて」


 ノエルは務めて優しく言う。しばらくして、そっとドアが開いた。チェーン越しに目を赤くしたソヨンが顔を見せた。


「ノエルさん? どうして……」

「変なSNSが来たでしょ? それの説明をさせて」

「……」


 ソヨンは1度ドアを閉め、チェーンを外してドアを開いた。


「入ってイイ?」

「はい……」

「セスも来て」


 2人はソヨンの部屋に入り、スマホを握りしめたまま涙目で震えるソヨンと向き合った。


「ソヨンさん、その画像、見せてくれる?」

「あ、はい……」


 SNSで拡散真っ最中のその画像には、メンバー達の後ろでスタッフ達に混じって歩くソヨンの顔にバツ印が付けてあり、別の写真にもソヨンの顔に悪意のある書き込みがされていた。同じ様な写真や動画が数枚あり、中には過去のテオの熱愛報道と比較したモノまである。


 コメントにはテオを擁護するものもあるが、ほとんどがアメリカツアーでの熱愛疑惑とソヨンがツアー中に帰国した事を関連付け、やはり、ホームシックなどではなく、メイクスタッフとの熱愛を隠蔽する為にテオの母とメンバー達が協力したと、断言する者まで現れた。


 ソヨンに対して汚い言葉が並べられ『プロとして恥ずかしくないのか』『メス豚』『愛玩具』とまで書かれている。


 ノエルは天を仰ぎながらスマホをセスに渡した。


「なぜ、私がテオさんと……誤解を招く様な事はしていないと思うのですが、こんな、突然……」

「ごめん、ソヨンさん、テオがワインラベルに……」


 その時、ソヨンのスマホが鳴った。セスは「代表からだ」と、言ってスマホをソヨンに返す。


 代表からの電話にソヨンが答えている間に、ノエルは小さな声でセスにテオのワインラベルの内容を伝えた。


「僕、ファンの子達が『ノエルとユミちゃんが飲んじゃった。だから、テオは今度はノエルと飲みたがっている』って事にしてくれると思ったんだ。だけど、読みが甘かったみたい。セスはどうして気が付いたの?」

「……ソヨンへの憎悪の感情が増えて、書き込みを見た」

「そんなに⁈ 」

「ああ。ソヨンが俺達と同行し始めた事は、以前からファンの間で変な憶測が流れていたからな。ユミちゃんは長年一緒に俺達を支えて来たスタッフの1人だと思えても、新参者のソヨンは嫉妬しっとの対象になっていた」

「そうか……『ユミちゃん』とワインを飲んだのは『ソヨン』で、テオがラベルに書いたメッセージは『ソヨン』に宛てたもの……テオのミスだけど、本来ならファンが目にする事のないメッセージのはずだったんだ。犯人を恨むよ」

「すでに拡散した内容は、見事につじつまが合っている。これを否定するのは無理だ」

「……待って、出来るかも。つじつまは合ってないよ。テオがトラブルが恋しくて泣いちゃった時、ソヨンさんは帰国していなかった。やっぱり、テオはホームシックで泣いたで通そう。で、ソヨンさんがツアー中に帰国した事情を公表して……」

「ノエル……お前、テオの事しか考えていないな」

「え?」


 ソヨンが代表が代われと言っていると、スマホをノエルに差し出した。ノエルは戸惑いながら、そのスマホを耳に当てる。


 ノエルは代表の言葉に耳を疑った。


「ま、待って下さい! 他に解決策が……はい、セスと僕に任せて下さい」

 

 通話を切り、スマホをソヨンに返すノエルの顔は沈んでいた。

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