第235話 コードブルー


 カルテと入院時の説明書を見比べる。


『第4.5中手骨、骨幹部こっかんぶ骨折』

『全治4週間』


(2本、折れていましたか……骨幹部の斜骨折しゃこっせつ。現在の処方は、抗生剤と痛み止め。この量なら次回受診日はー……2週間後に予約済みか。うん、妥当な内容だ。あとは……)


 トラブルはノエルの左腕に入っている点滴を見る。


 ノエルの前腕ぜんわんには、何度も刺し直した跡が残っていた。


(下手くそめ……)


「これ? 針が入らなくて、やり直したんだよ。痛くないよ」


 トラブルはスマホのメモを見せる。


『あなたの痛くないは、信じません』


「ひどいなー。本当だよー」


 トラブルは床頭台の処置用トレーをチェックする。


 アルコール綿が置いてある。


 点滴の針先に貼られているアルコール綿めんがすと、ノエルの皮膚は赤くなっていた。


「あー、アルコール綿でかぶれるって言ったんだけど、少しなら大丈夫だって、可愛いナースがさー」


(嬉しそうに、まったく……)


 トラブルはリュックから、ノンアルコールの綿花めんかを取り出し、ノエルの腕に貼り変える。


「それ、持って来たの⁈ いろいろ、信じられないんだけど!」


 テープも持参した物と貼り変え、処置用トレーの中身をゴミ箱に捨てる。


 トレーの中に、ノンアルコール綿とテープを入れ、トラブルは満足気に手を叩く。


(さてと、バレる前に退散しますか……)


「もう、行くの? 昨日はトラブルの家に泊まったの? テオは……テオは落ち込んでいない?」


 トラブルはメモを見せる。


『テオも、ジョンとゼノも自分のせいだと落ち込んでいました。しかし、1番辛いのはノエルだと、ノエルを励ます為に私の提案に乗って動画を送りました。今は元気に振舞っています』


「そう……セスは? セスは僕と、その、あの……」


『シンクロ? 同調したかですか?』


「うん、セスは大丈夫だった?」


『ノエルと同じ痛みを感じて苦しみましたが、今は大丈夫です』


 トラブルはメモを書きながら、セスの唇の感触を思い出した。


 薄くて、硬い唇。しかし、とても暖かかった。


「そうか、悪い事しちゃったな……」


『ノエルが悪いのではありません。私が厳重に管理すれば、避けられた事故です』


「そんな事ないよ。僕が勝手にシーネを外して練習したから自業自得だよ。皆んな、自分が悪かったと思っているんだね。って事は、誰も悪くないね」


 トラブルはノエルの笑顔に救われた気がした。


『帰ります。皆にノエルは元気と伝えますね』


「忍び込んだ事、言うのー? 知ったら共犯になっちゃうよ」


『そうですね。では、お見舞いに行ったという事で』


「了解。あ、僕が共犯者になっちゃった」


 2人が笑い合っていると、ドアがノックされノエルが返事をする前に看護師が入って来た。


 トラブルの姿を見て、一瞬驚いた顔をするが名札を見て「脳外科の先生?」と、つぶいた。


「あー、知り合いなんです」


 すかさずノエルがフォローを入れる。


「はあ。あの先生、今、オペ室からコードブルーが、かかっていましたよ」


 トラブルは、うなずいて看護師とノエルに頭を下げて部屋を出て行った。


 廊下を足早に歩きながら、考えあぐねる。


(困ったな……コードブルーって事は医師が集まっている。今、オペ室に行けば確実にバレる。名札を返しに行けなくなってしまった……その辺に捨てて行くか)


 エレベーターに乗り込む。すると、ひとつ下の階で、2人の医師が乗り込んで来た。


「見ない顔だな」


 トラブルは、ペコっと頭を下げて後ろに下がる。


 1階で医師2人はエレベーターを降りた。


 トラブルはエレベーター内に残り『閉』ボタンを押す。


 すると、1人の医師がドアに手を掛ける。


「オペ室でコードブルーですよ」


 トラブルはうなずき、医師の後に続いてエレベーターを降りた。


 小走りの2人の後を追いながら、少しづつ間隔を広げ、逃げ道を探す。


 エレベーターのドアを押さえた医師が振り向いた。


「先生、コードブルーの意味分かっています?急がないと」


(名札の本人と鉢合わせたらアウトだ……)


 トラブルは愛想笑いをしながらジェスチャーで、トイレを指差す。


 手で、先に行っていてと言うが、振り向いた医師はいぶがしげにトラブルに近づいて来た。名札に目をこらす。


 後ずさりをするトラブル。


「キム・ヒョンスン医師? 今、オペ中のはずでは……?」


 トラブルは身をひるがえして、非常階段に入る。


 後ろで「警備員ー!」と、叫ぶ声が聞こえた。







【あとがき】

コードブルーとは、患者の急変時に医師を招集するための隠語です。

なので、急変を想定して医師が万全の備えをする手術室ではコードブルーが発生する事はありません。

あしからず……。

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