第319話 ノエルは慎重派


 メイク室でゼノと対峙たいじするノエルは、不愉快と顔で言っていた。


「前にも言ったけど、好きか好きでないかで決めなくちゃいけないの? ソヨンさんは、賢くて可愛くて面白くて、もっと話を聞きたいと思うけど、それが付き合いたいって事になるかなんて僕にも分からないよ」

(第2章第244話参照)


「ソヨンさんは、明らかにノエルに好意を持っていますよ」

「だから……ソヨンさんが、ゼノにそう言ったの? だったら、ソヨンさんが努力する事で、僕がどうこうする事じゃないでしょ? 僕はソヨンさんの事を気に入っているけど、好きになるかは分からないって言ってんの」

「ノエルが思わせぶりな態度を取ったのがキッカケですよ⁈」

「だったらソヨンさんの気持ちは誤解って事だよ。ゼノ、そう言っておいて」


 ゼノは声を荒げる。


「ノエル! 思わせぶりな態度をしておいて、相手が勝手に誤解したと言うのですか! 手紙の返事もしていないですよね!」

「返事をしたか、してないかまでゼノに言わなくちゃならないの⁈」

「態度が誠実さに欠けると言っているのですよ!」

「ソヨンさんに対して不誠実な態度の覚えはないし、人の恋愛に口を出さないでよ!」

「周りに迷惑を掛けているから言っているのです!」

「だから! メイクさん達が勝手に出て行ったんだって! 何度、言えば分かるんだよ! いい加減にしてよ!」


 廊下のテオは、ドアに耳を付けてノエルとゼノの怒鳴り合いを聞いていた。


(信じられない。あの2人、本当にケンカしてんじゃん。止めないと……)


 そっとノックをして、ドアを開ける。


「テオ! どうしました? ……外に聞こえていましたか」

「ううん、聞こえてないよ。ソヨンさんから話を聞いて、で、セスとトラブルが2人がケンカになる前に止めに行けって」

「……2人には、お見通しでしたか。すぐに戻りますから」

「うん。あの、ゼノ、ちょっといい?」

「何ですか?」

「あの。ゼノはノエルの事、誤解していると思って」

「誤解?」

「うん。ノエルはね、子供の頃から皆んなに優しくて、で、好かれているって勘違いしちゃう女の子もいたんだけど、でも、それで態度を変えたりしないんだよ。チャラいって今のゼノみたいに先輩に怒られた事もあるんだけど、それでもノエルはノエルのままなの」

「ノエルはノエルのまま?」

「えっと、それが、ちゃんと相手にも伝わるんだよ。人として接しているんだって分かると、女の子の方が態度をあらためてくれるの。もちろん、分かってくれない女の子もいて、その時はノエルはキチンと話をしてあきらめてもらうの。で、分かってくれた子と友達になって、その子の事をよく知ってから大事に思える相手か考えるんだよ。好きって事を好きになるんじゃなくて、えっと、なんて言うか……」


 テオはテオなりに幼馴染の弁護をした。ゼノはその内容を噛み砕く。


「相手をよく観察してからでないと恋愛を始められない?」

「そう。だから、ノエルがソヨンさんと話がしたいって事は、僕の基準だと、すでにノエルはソヨンさんを好いていて、ノエルの基準だと違うって事になるわけ。僕、説明出来てる?」

「出来ていますが……ノエルがそんなに慎重なタイプだとは思ってもいませんでした。相手をコントロールするのなんか簡単にやって見せますよね?」

「あのね。ノエルはね、人を思いのままにあやつれるから、操らなくてもいい人が必要なんだよ。だから相手をよく知る必要があって、告白する時は一生を共にするくらいの気持ちがいて来た時なんだよ。ね? チャラくないでしょ?」


 ノエルは髪をかき上げる。


「なんかさー。テオー、チャラいだの人をあやつるだの……僕の事、そう思っていたの?」

「フォローしてんじゃん!」


 ゼノは落ち着きを取り戻し、ノエルに向き直った。


「ノエル、付き合う前に相手の全てを知る事なんて出来ませんよ」

「もちろん、それは分かっているよ。友人と彼氏に見せる態度は違うのが当たり前だし。でも、追い掛けさせるのは簡単だから追い掛けさせて欲しいんだ。僕に “この人にはかなわない” って部分を見せて欲しいんだよ。だから、ある程度は知ってからでないと付き合うかどうかも分からないって言ってるの」

「“何か、この子いいなぁ” 程度では、好きと言えないという事ですね?」

「そう。僕はソヨンさんを “いいなぁ” とは思っているけど好きになるかは分かりません」

「本当に慎重ですね。ノエル “いいなぁ” の時点で、好きだと思いますよ?」

「僕には違うんです」


 キッパリと言い切るノエルに、ゼノは腰に手を当てる。


「そうですか。ここまで恋愛感が違うとは思いもしませんでした。これからもソヨンさんと話や食事……デートをしたいとは思っているのですね?」

「デートじゃないけど。うーん、まあ、そうだね」

「でも、付き合いたいと思っているわけではない……」

「うん。それは分からないから」

「で、デートを繰り返して、やっぱり、やめようとなった時、どうするのですか?」

「その時は、分かってもらえる様に話をして努力するよ」

「ソヨンさんが会社を辞めるなんて事には、しないと?」

「もちろんだよ。最大限の努力をします」

すなわち、ソヨンさんの気持ちをあやつり、友達に戻すと……」

「それ、人聞きが悪いから。あと、手紙の事だけど、返事をしようとしたらソヨンさんに断られた。だから返事は保留中」

(第2章第285話参照)


「そうでしたか……それは、知らない事とはいえスミマセンでした。ただ、メイクさん達の仕事の邪魔をしているのは事実ですよ」

「うん。それは反省している。ユミちゃんのノリに慣れちゃっててさ、邪魔だったら言って来るだろうと思ってたんだよ」

「……ケンカ、終わり?」


 テオが心配そうに、2人の顔を見比べる。


「はい。テオに仲裁されるとは思いませんでしたが、さすが幼馴染ですね。ノエル、ノエルの気持ちは分かりました。もう、口出しはしません」

「うん。ゼノ、ありがとう。僕も気を付けるよ」


 2人は肩を叩き合う。





 控え室ではトラブルが時計を見ていた。


 セスは、そんなトラブルに「あと、1分待て」と、横目で言う。

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