第496話 もう終わりかも


「お待たせいたしましたー! デザートビッフェでございまーす! どちらをお取りしますか? ケーキにムース、フルーツ各種とアイスのご用意も出来ますよー?」


(ゼノめ。余計な事を……)


 セスは目を細めてジロリと末っ子をにらむ。


「いらん」

「ケーキでございますねー?」

「……いらん。肉も乗ってるぞ?」

「オススメの食べ方のオススメはー……」

すすめるな」

「ステーキのチーズケーキ乗せでございまーす!」

「……」

「あまりに斬新で目からコンタクトで、ビックリ仰天で、声も出ないでございますねー!」


 楽しそうな末っ子の、どこに突っ込めば良いのか、もはや分からない。


「……お前が食ってみろ」

「かしこまりー!」

「何のキャラだ」

「ミディアムレアのステーキを一切れ、で、チーズケーキを少し、控えめに……」

「おすすめなんだろ⁈ もっと乗せろよ」

「う……では、もう少し乗せてー」

「一口で食え」

「かしこまりー……」

「ほら、食ってみろ」

「あー……」

「早く、口に入れろよ」

「あい……あ〜……ん」


 ステーキのチーズケーキ乗せを、恐る恐る口に入れたジョンの顎を、セスはすかさず閉じさせる。


 両手で頭と顎を押さえ、無理矢理、咀嚼そしゃくさせた。


 みるみるうちに涙目になるジョンを、セスは笑いながら手を離さない。


「んー! んー!」


 ジョンは首を振り、逃げようとする。


「人に勧めておいて、まさか美味しくないなんてないよな? あ? 飲み込んで見せろよ」


 セスは、ジョンの口を塞ぐ。


「んん! んーん!」

「そうか、そんなに美味いのか。ほら、遠慮なく飲み込め」


 顔を真っ赤にして恨めしそうにセスをにらむジョンの口を押さえながら、セスは歯を見せて高らかに笑った。


「ちょっと! セス! ジョンを離して下さい!」

 

 ゼノは苦しそうなジョンを助け様と、セスに声を掛けた。


 セスはゼノを見て「あ? こいつが始めたんだろ?」と、言った瞬間、何かに気付き、そして慌てて手を離そうとする。


 しかし、ゼノに気を取られていたセスの反応は遅れた。


 指の間から、ヌルッとしたモノが押し出されて来た。


 まだ暖かい、グチャグチャになったステーキと、ツンと臭いをさせるチーズケーキが、ジョンの唾液と共にセスの手の上で湯気をあげる。


「バカかっ! 吐くなよ!」

「うい〜、マズかった〜」

「当たり前だろ!」

「セス! これで拭いて下さい!」


 ゼノが差し出す紙ナプキンに吐物を捨て、セスはおしぼりで手を拭く。


「ダメだ、臭いが取れねー」


 セスは手を洗いにトイレに立つ。


「僕もうがいするー」


 ジョンもセスを追い掛けてレストランを出て行った。


「マズかったねー」

「知るかっ! お前、臭いぞ!」

「セスの手だよー」

「お前の口だろ!」

「チューしてあげようかー?」

「ぶっ殺す」

「また、またー。好きなクセにー」

「近づくなって!」

「臭い者同士じゃーん」

「同士にするなっ!」

「また、また、また〜」


 そんなやり取りをしながら、トイレに入って行く2人を、ゼノは聞こえはしないが想像しながら「プッ」と、吹き出して見送る。


(ジョン、相変わらずグッジョブですよ。あとはノエルが上手くやってくれると良いのですがね……)






 ノエルの部屋で、2人は特大のアイスを真ん中に長いスプーンで奮闘していた。


 テーブルの皿の上にはトッピングされていたフルーツや菓子がアイスから外されて置かれている。


「こんなに大きいってメニューに書いておいて欲しいよね」

「テオが『two on two』って言ったからでしょ」

「え、2個って言ったつもりだったんだけど」

「そうだろうとは思ったけどさ、フロントマンは察してくれなかったねー」

「じゃあ、これって……」

「4人前だね」

「げ。フルーツは食べれるけど……ジョンを呼ぶ?」

「きっと、ジョンはセスと遊んでいるよ。食べられるだけ食べよう。あ、その前に写真撮らせて」

「うん」

「あ、テオは退いて」

「え。あ、うん」

「よし。シンイーに送るんだー」

「そうなんだ……2人は、その、上手く行っているの?」

「上手くも何も、まだ2回しか会った事がないからねー。スタンプでしか会話していないし」

「スタンプって会話っていうの?」

「シンイーにとっては会話なんだよー。見る?」

「うん、見せて」


 ノエルはテオにスマホを渡し、シンイーとのやり取りを見せた。ノエルが言葉で話し掛けてもシンイーは100%スタンプで返している。


「すご。食べ物までスタンプで答えてる」

「でしょー。『?』が付けば『あなたは何を食べたの?』って意味で、『!』だけなら、僕と同じ物を食べたって意味」

「同じ物でも、今日の店はハズレだったとかは?」

「んーと……ほら、食べ物のスタンプと不味そうにしているスタンプ」

「なんか、微妙なニュアンスが伝わらなくない?」

「まあね。でも、受け取り手が彼女を理解していれば問題ないよ」

「そっか、そうだよね。それにしてもシンイーさんのスタンプの種類はハンパないね」

「そうなんだよー。新しいスタンプが出ると買っちゃうんだってさ」

「僕達のは?」

「僕達のスタンプも買ってくれたんだけど、種類が少なくて使い辛いってさ」

「うわ。それ、代表に言っておかなくちゃね」

「そうなんだよー。使い辛いなんて他の誰も言ってくれないからねー、貴重な意見だよ。早く会いたいなぁ」


 ノエルはスマホのスタンプ達を撫でる。


 テオはノエルの愛おしそうな微笑みにスプーンを止めた。


「ノエル……僕もそんな顔してた?」

「え? そんな顔って?」

「今の顔。僕もトラブルの話をする時に、今のノエルみたいな顔をしてたのかな……」

「……してたよ。思いっ切り目尻を下げて、顔がトロけてた」

「トロけてた⁈ そこまでじゃないよー!」

「いいや。思い出してニラけてたり、不安で落ち込んでいたり、日替わりどころか時間替わり……いや、分替わりだったね。今日もだったけど」

「う、うん……バレちゃってたか」

「集中しようと頑張ってたね」

「うん。頑張った」

「で? 今は? 不安? 不満が強いのかな?」

「トラブルに不満なんかないよ」

「嘘だねー。自分に言い聞かせても無駄だよ。恋愛は2人でするモノなんだから、どちらかが納得してないのに続くわけないじゃん」

「納得?」

「そう、自分の立ち位置に『納得』」

「立ち位置……」

「セスにトラブルの方が上だって言われたんでしょ?」

「うん……僕とトラブルの立ち位置は違うみたい」

「皆んな、違うんだよー。下が悪いんじゃなくて、その場所でイイと思えるかって事なんだよ」

「平等じゃないの?」

「シーソーは微妙に動いているんだよ。今の僕はシンイーに嫌われたくないから、かなーり下からシンイーを見上げているねー」

「僕もトラブルに嫌われたくない……でも、トラブルは? トラブルは僕に嫌われても平気なの?」

「平気じゃないよー。でも、テオよりは……」

「早く、立ち直るよね……」

「ええ? そんな風に思っているの? それは、相手に失礼だよ」

「失礼? なんで?」

「相手の気持ちを信じていないの? テオの事、好きだから付き合ってくれている気持ちを軽く見てるんじゃん? トラブルは簡単に誰とでも恋愛出来る尻軽女なの? もし、そうだとしても今はテオと付き合ってんだから、テオが大事にするのは当たり前でしょ? それが嫌なら別れるしかないけど?」

「……」


 テオは無言で半分溶けたアイスを口に入れた。


「テオ? まさか、本気で別れるつもりなの⁈ 」

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