第66話 白の写真 第1章最終話


「先生!」


 キム・ミンジュの走り寄る足音と声が響く。


 トラブルは顔を上げて見るが、またもや動かなかった。


 素人目に見ても先程の様子とは明らかに違う。テオは動かないトラブルに業を煮やし、ベッドを降りようとした。


 突然、トラブルはバスローブをつかみ、テオの横から飛び降りた。


 バスローブを羽織りながら、足早にかたわらに膝を付き、パク・ユンホを仰向けにさせる。


 胃のあたりを触る。


「うう、そこが痛い」


 パク・ユンホは脂汗を流しながら答える。


「この痛みは初めてだ」


 トラブルはパクの言葉にうなずき、キムにジェスチャーで救急車を呼ぶように伝えた。


 そして、トラブルはパーテーションに足を向ける。


 目が合っちゃったと慌てるジョンを、トラブルは知ってか知らずか、乱暴にパーテーションをどかした。


「や、やあ、トラブル」


 隠れる場所などあるはずもないゼノの間抜けな挨拶を無視し、セスに手話を聞かせた。


「分かった」


 セスはそれだけ答え、3人に付いて来るよう言う。そして、テオの前に出る。


「テオ、付いて来い」


 ベッドに座っていたテオは心底驚いた。


「いつから、そこにいたの⁈ 」

「話は後だ」


 セスが4人を控え室へ先導する。テオはバスローブも忘れて走って追い掛けた。


 テオの着替えを急がせながらセスが説明する。


「救急車が来る前に俺達はここから出る。俺達はここにはいなかった。スタッフには、患者は代表に会いに来たキム・ミンジュさんという事にする」

「トラブルがそう言ったの?」

「そうだ。急げ」


 メンバー達はセスに従い、すみやかにスタジオを出た。その時、救急車のサイレンが聞こえて来る。


 廊下では、だんだんと近づいて来るサイレンに気付いたスタッフ達が騒ぎ始めていた。


 スタジオに向かう人波と、反対方向に向かって歩くメンバー達。


 すると「おいっ」と、代表が呼び止めた。


 代表は開いている部屋にメンバーを押し込む。


「何があった? キムさんからメールが届いたが、よく分からん」


 セスが、パク・ユンホが倒れた事とトラブルの手話の内容を話す。


「はぁー…… 分かった。お前らは適当に口裏を合わせておけ」


 あとは頼んだぞと、リーダーのゼノの肩を叩いて部屋を出て行った。





「口裏って、どうするの?」


 ジョンが不安そうに聞く。


 ノエルが、こんなのどう?と、提案した。


「スタジオに入る前、僕とジョンは振り付けの練習をしていたから、そのまま続けていた事にして、ゼノとセスは自分の作業室にいたんでしょ? なら、大丈夫だね。テオはー……テオは、どうしよう。どこにいた事にする?」

「ノエルとジョンが練習していた時、誰か来なかったか?」

「あ、振り付けの先生が通りかかって、テオは?って聞かれたんだ。とっさに知りませんって答えちゃった……」

「ノエルがテオの居場所知らないなんて不自然だろー」


 セスは腕を組む。


「テオが不自然じゃない居場所が、もう一つあります!」


 ゼノがひらめいたと、手を挙げた。


「セスの作業室ですよ。手話の練習をセスとしていた事にすればいい」

「場所が不自然だけど仕方がない。それで、行こう」


 しばらく止まっていたサイレンが再び鳴り出し、遠ざかって行く。


「トラブルも一緒に行ってしまったよね……何の話しも出来なかったよ……」


 テオは下を向く。


 いいやと、セスは顎を上げた。


「一つ収穫があった。代表とキムさんは連絡を取り合える」

「セスー! 本当、そういう所、尊敬するよー!」

「ノエル、そういう所って、どういう所だ?」

「褒めてんだからにらまないでよ」


 テオが独り言の様に呟いた。


「僕はトラブルが好きみたい」

「みたい、じゃないでしょ?」


 ノエルは幼馴染みの肩に手をやる。


「うん、好きです。大好きです」


(でも……)


 テオは、もうトラブルとは会えない予感がしていた。

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