第65話 白の写真


 パク・ユンホは写真を撮り続ける。


 涙を流す顔。カメラに向い叫ぶ顔。美しい顔がもう一つの美しい顔に寄り掛かり、双子の妖精にも見える。


「なぁ、テオ。君はやめろと言うが、終わりにしたいのは私の方なんだよ。トラブル、君は身勝手な人間だ。君のその身勝手をやめてもらいたいんだよ。君はよく、自分と関わるなと言うよな? しかし、関わらせているのは君の方なんだよ」


 パクはカメラを下げて画面をチェックをした。


 満足気に顔を上げる。


「目立つんだ。君は何をやっても目立つんだよ。顔や長い手足の問題じゃない。君は、君自身が常に人目を気にしている。見られてると感じると逃げるだろ? 逃げられるとね、余計に目が行くんだよ。心理学の問題だ。得意分野だろ?」


 パクは水を飲んだ。


「君はね、自分に注目するように仕向けているんだよ。君は本当は注目されたいんだ。君の周りで男達が理性を失うのは、君が仕組んだ罠にはまるからだ。養父までもね」


 トラブルは耳を塞いだまま頭を激しく振り出した。まるで、違うと、叫ぶ様に。


 テオが代弁する。


「トラブルはそんな事しない。トラブルを見たり追い掛ける方が悪いんだ」


 その幼稚な物言いにパクは、フッと皮肉を込めて笑う。


「では、なぜ、トラブルはボイストレーニングをしない? トラブルの頭が良いのは知っているだろう? 私の病気が発覚してから、すぐに管理栄養士の資格を取ったぞ。終末看護の勉強もしている。今までいくつもの試験に合格して来た。なのに、失声症だけは治そうとしない。なぜだ? カウンセリングもボイストレーニングも挑戦すらしない」


 再び、水を手に取った。


「私は答えを知っているぞ。トラブルはトラブルでいたいからだ。その方が自分に都合がいいからだ。傲慢ごうまんで自分勝手で女王様気質だから、心配されるのが心地よく感じるんだろ? 私は、あなた達とは違うのよーっとな」


 グビッと音を鳴らして飲む。


「要は目立ちたいんだよ。出来ないんじゃない、やらないんだ。もし、ボイストレーニングをしても声が戻らなかったら君のくだらないプライドがズタズタになるからな。努力するのが嫌なんだよ。出来る事しか、やりたくないんだ」

「違う!まだ、そういう気持ちじゃないだけで、目立ちたいとか、罠にはめるとか、そんな、そんな事の為じゃない。時期が来れば変わる。トラブルのペースで変わればいいんだ!」


 テオはトラブルを抱く腕に力を入れた。冷たい肩を温める。


「私は何年もトラブルを見てきたが、一度足りとも、やりたくない事をやった試しがない。私の命令には従ったよ。しかし、本当にやりたくない事は絶対にやらなかった。私は思わず、ひどい言葉が頭をよぎったよ。《いつまで障害者でいるつもりなんだ》我ながら悪魔的で恐ろしい言葉だと思うよ」


 パクは水を手に取るが、飲まずに床に下ろした。


「こんな言葉はトラブルにしか浴びせられない。しかしね、トラブルになったミン・ジウはトラブルの中で、胡座あぐらをかいているとしか思えないのだよ」


 声が、細くなる。


「ミン・ジウよ。いつまでトラブルの中にいるつもりだ? 早く出て来い。早く声を聞かせろ。私には時間がないのだよ。時間が……ううっ……」


 パク・ユンホは苦痛な表情で腹を押さえ、ゆっくりと前屈まえかがみになり、そして、床に崩れ落ちた。

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