第184話 両成敗


「ケンカなんて、珍しいですね」


 ゼノは腕を組み、ふんっと鼻を鳴らしながら言う。


「そんなに大声だった?」


 ノエルは髪をかき上げる。


「いいえ。遅いと思ってドアを開けようとしたら声が聞こえました。中には聞こえていないので安心して下さい」

「ごめん、ゼノ」


 テオが項垂うなだれて言う。


「ノエルに謝るべきでは?」


 テオはゼノの言葉にハッと顔を上げる。


「なんで……」

「セスと自分を比べていたみたいですけど、自信の無さをセスのせいにしていませんか? テオは今までダンスも歌も頑張って来ましたが、ノエルの練習量にはかなわないし、セスの会社への貢献度には到底勝ち目はないでしょう。自分と誰かを比べていないで、自分で理想の自分になる努力をしなさい。誰かになりたいなんて、情けない」


 テオはゼノの厳しい意見に返す言葉を失う。


 ノエルは動揺しながらテオの肩に手を置いた。


「ゼノ、今のは少し言い過ぎ……」


 ノエルはテオの肩をさすりながら、恐る恐るリーダーに言う。


 ゼノはノエルにも厳しい視線を送った。


「ノエル。あなたも、いつまでもテオを甘やかしながら引っ付いていないで、そろそろ自立しなさいっ」


 ゼノは2人を置いて練習室に戻って行った。


「……叱られちゃった」

「うん、2人ともね」

「ゼノ、怒ると怖い……」

「うん、怖かった」

「ノエル、ごめんね」

「ううん、僕の方こそ、ごめん」

「右手、大丈夫?」

「うん、痛くないよ。戻ろっか」

  

 テオは練習室に戻るのが少し怖かった。


 いつもの様にノエルの後ろに隠れて付いて行く。


 2人が練習室に入ると、ジョンとセスの笑い声が響いていた。ジョンはボロボロの衣装を着せられ、立ったり座ったりしている。


 スタイリスト達はジョンの動きを見ながら、

「まだ、この辺りがヒラヒラとし過ぎていますね」と、話し合いをしていた。


「あ、ノエル、テオお帰りー。見て、クラゲみたいでしょうー」


 ジョンが動く度に揺れる衣装を見て、セスの笑いは止まらない。


「苦しー! ちなみに、これテオの衣装だぞ!」


 セスが涙を拭きながら言う。


「ええ⁈ エプロンみたいじゃん!」


 スタイリスト達はジョンから衣装を剥ぎ取り、笑いを一身に受けたマネキン達と共に衣装部屋に戻って行った。


「本当にあれを着るの?」 


 テオが嫌そうに言う。


「検討するって言ってたから信じるしかないな」


 セスは、まだ涙を拭いている。


「あ、ジョンの膝はどう?」


 テオはジョンのスウェットをまくり上げ、膝を見る。

  

 ジョンの両膝はテオより大きい内出血班が出来ていた。


「ノエル、トラブルからもらった薬、塗ってあげた?」

「もちろん。あ、そうだ、テオ。トラブルが言っていたターンの仕方教えてあげる。ジョンにも」

「ターン、出来るよ?」

「違うよ、ジョン。膝をぶつけないターンをトラブルが教えてくれたんだけど、僕、よく分からなかった」

「だから、教えてあげるって。まずはー……」


 ノエルは、膝を床に付いてから回転を掛けると、床にぶつかる衝撃と回転の摩擦で膝を痛めると説明した。そして、腰をひねって回転を掛けてから膝を床に付けば、摩擦だけの被害で済む事と全体重を膝に掛けなくて済むと実践して見せた。


「確かにジョンの膝は床に当たってゴンゴンと音がしていましたからね」

「それを、あいつが教えたのか?」

「そう、僕とテオの膝を見て、僕の方が衝撃を受けていないと気が付いたみたい」

「さすが、トラブルですね。トレーナーとして付いて来て欲しいですが……」


 ノエル以外の全員がテオの顔を見る。

  

 皆には医務室で話をして来たと気付かれていた。


「あ、あー、トラブルは日本に……」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る