第77話 トラブルの動画と駆け引き


 ユミちゃんは声に出して読み始める。


「身体の中で1番大きな器官であり、その面積は成人で約1.6㎡、体重の6.3〜6.9%をしめる。組成は水分約57.7%タンパク質約27.3%……ねぇ、この情報、私にいる? メイクに必要?」


 トラブルは少し考えて、メモを書いた。


必要ありませんね。では、皮膚バリアについてから始めましょう。


「表皮、真皮、その下の皮下組織で構成され、表皮はさらに、角質、顆粒層、有棘層?」


 ユミちゃんは声に出して読もうとするが「この漢字読めなーい。意味わかんなーい。第一、メイクに関係なーい」と、投げ出した。


(うーん。メイクに必要な皮膚科か……特殊な職業の人に必要な医学的知識を教える為には、自分がその職業に精通していなくては難しい……)


 考え込むトラブルを見て、ユミちゃんは「ごめんなさい。この本、基礎って書いてあるけど応用もあるの?」と、上目遣いになる。


応用というか、各疾病しっぺいの症状と原因、対策へ進みます。


「しっぺいって、何?」


病気の事です。


「病気じゃダメなの?」


ダメではないですが、医学用語です。例えば、痛みは疼痛とうつう、かゆみは瘙痒感そうようかんと言います。


「わざと難しくしてる感じ!」


 トラブルは、そこからか……と思うが、ユミちゃんは看護学生ではない。


(専門書では単語が意味不明で先に進めなくなるな。患者さんと話すように噛み砕いて説明しなくては……)


 スマホで何かを検索する。そして、ユミちゃんに見せた。


このサイトが分かりやすいです。 これを、まず読んできて下さい。その後、ユミちゃんの質問に答えます。


「うん、それがいい。この本1冊分講義されても入らないわ。 お腹も空いたし」


 トラブルは、ピクニックに行きませんか? と、誘う。


「行く! どこに行くの?」


 トラブルは微笑んで天井を指差す。





 その頃、ダンスレッスンを終わらせたメンバー達は控え室で昼食をとっていた。


「トラブル戻って来ないねー」


 ジョンが何の気無しに呟いた。


「そうだね。僕のピルエット、見てもらおうと思っていたのに」

「ノエル、メールすれば?」

「ジョン、アドレス知ってるの⁈ 」

「ううん、仕事用の方」

「バカかっ。殺されるぞ」


 セスは仕事と言っていたのに邪魔をするなと、末っ子を叱る。


 テオは、モグモグとつまらなそうに黙って食べていた。


「テオ、元気がないですね」


 ゼノが話しかけるが返事をしない。


「誰からか分からないメールを気にしない方がいいですよ」


 ゼノの慰めにも、テオは「うーん」と、言ったまま黙り込んでしまう。


「セスがカン・ジフンさんからかも、なんて言うから気にしちゃってるんでしょー」


 ノエルはセスを責めるが、セスは面白そうに「それが、嫉妬しっとと言う気持ちだ〜」と、テオをからかった。


 テオは、ハッとセスを見る。


「これが嫉妬か! なんで、こんなに嫌な気分なのか考えていたんだよ。僕、嫉妬してるんだ。あー、スッキリした。ありがとう、セス」

「ありがとうが貰えるとは思ってもみなかったぞ」


 呆れるセスの言葉にうなずくメンバー達。


「テオは人が良すぎだよ」


 ノエルは笑いながらテオの肩を叩く。


 その時、テオのスマホが鳴った。


「あれ、何だろ。動画が送られてきた。知らないアドレスだなぁ」と、ノエルに見せる。


「これ、トラブルじゃない?」


 動画の静止画面を見たノエルが言う。


 えー?と、メンバー達はスマホをのぞいた。


 静止画には、短髪の後ろ姿がある。


 テオが画面をタップした。


《ト・ラ・ブ・ルー》


 ユミちゃんの声が流れる。


《トラブルってばー》

《はい、ポテト。あーん》

《おいしい?》

《何、書いてるの?》

《ズーム。物品発注書? こっちは購入計画書?》

《この金額ヤバイでしょ》

《代表とケンカしないでねー》

《はい、次、ジュース》

《やだ〜、こぼさないでよ〜》

《ん? 撮ってるよー》

《こっち向いてー。イイお顔は?》

《キャハハ! 変顔しないでよー》

《テオに送信しちゃうよ?》

《え、いいの?》

《私には誰にもアドレス教えないが条件だったのに?》

《あ、そう、テオにはいいんですかー》

《なんか、扱い違くない?》

《なんだか妬けちゃうなー》

《うん、まだ撮ってるよ》

《イヤ。ダメ。もう送った。イヤ〜……》


 映像はそこで途切れた。


「もう一度再生して」と、ノエルが食い気味に見る。


《ト・ラ・ブ・ルー》と、始まる。


「これ、どこでしょうねー」

「外っぽいよね」

「ピクニックしてるみたい」

「分かった。会社の屋上だ」

「あー、そうですね。セス、さすがですね」

「テオはユミちゃんのアドレスは知っているの?」

「うん、知ってる」

「と、言う事は、これトラブルのスマホから?」

「仕事用の方かなー」

「いや、ここを見ろ。白いスマホが写ってる」

「本当だ」

「これは一体何なのか、まとめて下さい」


 ゼノはセスに頼む。


 セスはもう一度再生し、食い入る様に見る。


「会社の屋上で、ユミちゃんとトラブルが昼飯を食べながら、ユミちゃんがトラブルの私物のスマホで動画を撮った。発注書や購入計画書を書いているということは、今日だ」

「今朝、代表が怒っていた書類ではなく?」

「ゼノ、あれは稟議書りんぎしょだよ」

「ノエル、その通り。稟議書は遅くても昨日、代表の手元にあった事になる。代表は明日、予算会議だと言っていたから、この、購入計画書は明日の会議の為に作成していると考えるのが自然だ」


 ジョンの口がポカーンと開いている。


「で、ユミちゃんがテオのアドレスを入力して、送信して来たって事かー」

「トラブルはユミちゃんに、誰にも教えない事を条件にアドレスを教えたんだな」


「それは、なぜでしょう?」と、ゼノが聞いた。


「さあな」


 セスはぶっきら棒に答えた。


「でも、テオには教えていいって送信を許可したんだね。よかったね、テオ」


 ノエルがそう言うと、テオは、また考え込んでしまう。


「結局、ユミちゃんから教えてもらったような……」


 すると、またテオのスマホが鳴った。


「え! トラブルからラインIDが送られて来た!」


 ノエルは、やったねと、幼馴染みの肩を抱く。


「早く、友達追加しなよ」

「どうやるの?」

「貸して!」

「放っておけ」


 セスはノエルとテオを止めた。2人は、え?と、動きを止める。


 ゼノにはセスの意図がすぐに分かった。


「セスは本当に策士さくしですねー」と、笑う。


「テオ、しばらくトラブルの出方を見た方が、いいかもしれませんよ。次のメールを待ってみましょう」


 ゼノの言葉に、セスがニヤリとする。


「あー、なるほどー。2人共、大人だねー」


 ノエルも、その意味を理解した。


 テオにスマホを返し「次のメールを待ってごらん」と、ゼノの声真似をする。


 ジョンに続き、テオの口もポカーンと開く。

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