第78話 ライン交換
1時間後、トラブルから再びメールが届いた。
『ライン登録の仕方が分かりませんか? 今、どこですか?』
「来たっ、来たっ」
練習室でテオがセスに見せる。
「1時間か、微妙な時間だな」と、セスが顎をさする。
「微妙って?」
「10分位で催促が来たら相手は連絡を待っているって事だろ?」
「う、うん」
「でも、1時間だと、ひと仕事終えて、そういえば返信ないなー、くらいの感じかもしれないし、1時間待っていた……かもしれない」
「今、どこって聞いてるよ?」
「会って直接ライン登録しようとしているな」
「うわっ、嬉しい。練習室にいるって送っていい?」
「いや、向こうに探させよう。“ 音楽とダンス練習で着信に気づかなかった” って事にしよう」
「僕、駆け引き的なの苦手なんだけど」
「トラブルがお前を探してここに来たら、あとは自然体でいい。ただし、わざと返事をしなかった事は内緒だ」
「わかった。頑張る」
ゼノはこのやり取りを聞いて、セスがテオとトラブルの関係を応援している事に驚いた。
確かにセスは普段から衣食住については、よく気がきくし面倒を見てくれる。しかし、他人の趣味や好きな物には自分の意志を曲げてまで同調はしない。「ふーん」で終わる事がほとんどだ。ましてや他人の恋愛について、こんなにも介入するなんて……。
「あれ、ノエルの役割ですよね?」と、ゼノは小さくノエルに耳打ちした。
「え、そう? 僕はあまり恋愛経験ないから」
「あまりって事は、経験あるの?」
ジョンが話に入って来た。
「高校の時、付き合ってた子はいるよ」
「え! ゼノは?」
「私も高校、大学と彼女はいましたよ。セスもだと思いますが」
「えー! テオは?」
「テオは別格だよ。幼稚園・小・中・高とファンクラブがあって女子達が牽制し合っていたから特定の彼女はいなかったよ」
「じゃ、初恋ですなー」
ジョンは目を細める腕を組む。
「ジョンが言わないのっ」
ノエルが末っ子に突っ込みを入れたところで「おーい、練習始めるぞ」と、セスは新曲を大音量で流し始めた。
確認し合いながら群舞を正確に踊れるようになるまで何度も繰り返す。
「もう一度。さあ、立ち上がって」
リーダーのゼノに促され、繰り返し練習を続けた。
トラブルを気にしていたテオも汗をかき、次第に集中力が増していく。
全員の神経が研ぎ澄まされ、意識が一つになった。
今、どこで、誰が、どんな顔をして、何をしているのか、手に取るように分かる。
テオは、ゼノの呼吸が、セスの鼓動が、ノエルの表情が、ジョンの躍動が全て自分のもののような錯覚を覚えた。
踊り切り、全員、無言のままで床に寝転がる。ハァハァと荒い呼吸音だけが聞こえ、練習室の湿度は明らかに上がった。
不意に拍手が響く。
いつの間に入って来たのかトラブルが部屋の隅で手を叩いていた。
すごいと、口パクで言う。
「ハァハァ……いつから……いたの?」
テオは息も絶え絶えに聞く。
少し前からです。
「ぜんぜん……ハァハァ、気が……つかなかったよ」
身体を起こす事も出来ず、床に頭を付けたまま呼吸が整うのを待つ。
トラブルは床に寝転がっているメンバー達の中央に立ち、セスを見下ろして手話をする。
「ん? すぐに……動きを止めず……ハァハァ……ゆっくりと……動きながら……深呼吸……すると……呼吸が……早く……ハァ……整う」
トラブルは歩きながら両手を上げ下げして深呼吸をして見せた。
全員で、その動きの真似をする。
思い思いの方向へ歩きながら深呼吸をした。
「本当だ。これ、いいね」
テオの声に微笑むトラブル。
「なんで来た?」
セスが目を合わせずに聞く。
一同はトラブルに注目するが、トラブルは、別にと、肩をすくめた。
セスはタオルで汗を拭くフリをしながら、後ろを向いて、しまったーと、顔を
そして、トラブルに向き直し「テオに動画送ったのはユミちゃんか?」と、しれっと聞いた。
はい。今日、屋上でランチをしました。私のスマホで送られてしまいました。
「仕事用のスマホか?」
また、知らぬ顔で聞く。
いいえ、私のです。ラインIDも送ったのですが。届いていませんか?
テオはスマホを見て「あ、ごめん。届いていた。どうやれば、友達登録出来る?」と、手渡した。
トラブルは自分のスマホを取り出しQRコードで登録を済ませた。そして『誰にも教えないで下さい』と、ラインで送る。
「届いたよ」
テオもラインを送った。
『なんで?』
『不特定多数の情報処理に時間を取られるのが嫌なだけです』
「ふーん。分かった」
『では、明日の会議の準備をして来ます』
トラブルはメンバー達に頭を下げて、医務室へ戻って行った。
「あー、危なく失敗する所だったー」
セスが座り込む。
「どういう意味?」と、ノエルは首を傾げる。
「あいつに気持ちを聞くような質問をしてはダメなんだよ。あいつ、大丈夫かと聞けば大丈夫としか答えないだろ? さっき『別に』と、答えられた時は、そのまま出て行くかと焦ったぞ」
「で、とっさに質問を変えたわけですね」
ゼノが感心して頭を振る。
「ああ、このチャンスを逃せば、今度、いつテオとラインしたくなるか、分からないからな」
それを聞いてノエルは、ふと思う。
(本当にセスはトラブルを掌握しているな……実は僕達もセスの手の平の上にいるのかも……セスはトラブルの事、どう思っているのだろう)
テオはトラブルとのラインの内容を皆に見せた。
「不特定多数の情報処理? 分かるような、分からないような……」
ゼノはそのスマホをノエルに渡した。
「僕達にも教えるなって事だよね? でも、目の前でライン交換していて、テオに言えばトラブルにつながるってバレてるのに……」
セスが答えを教える。
「テオを通した連絡はOK。テオなら、いつかのエロ俳優(第1章第35話参照)みたいな奴には教えないと信じているんだ」
「なら、僕らの事も信じているって事?」
「そうなるな」
「セスは……」
ノエルは言いかけた言葉を飲み込む。
(セスはトラブルの事、好きなんじゃなかったの? なんで、2人を応援しているの? テオの気持ちを知って、自分の気持ちを抑えているの? それでいいの?)
「なんだ、ノエル」
「……ううん、何でもない」
ノエルは笑顔を取り繕って目をそらした。
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