第346話 テオのやり方に乗っかれ


「もうっ! ダテくん、何でテオさんに食べさせてもらっているのよ!」


 ゼノの横でア・ユミが憤慨ふんがいし、ダテを止めようと部屋を出た。


「待って下さい」 


ゼノが引き止める。


「テオは、ダテ・ジンさんを慰めようとしています。テオのやりたい様にやらせてあげて下さい」

「でも、失恋したからって、タレントさんに慰めて頂くなんて……」

「テオも寂しいんですよ。トラブルが帰ってしまって」

「だとしても……」

「公私混同だって言いたいんだろ?」

「は、はい。セスさん、その通りです」


 ア・ユミはセスを振り返りながら言う。セスは鼻でフッと笑った。


「お前達には仕事中でも、俺達は仕事中じゃないんだ。友人になれとは言わないが、プライベートな時間の時は、気負いなく接してくるダテ・ジンに1票だな」

「1票?」

「ア・ユミさん、テオが、そうしたいのですから。テオは誰の事でも、放っておく事が出来ないんですよ。だから、やらせておいて下さい。テオの為にも」

「……ゼノさんが、そう、言うのでしたら……分かりました。しかし、ダテは調子に乗る所があるので、一線を超えそうでしたら注意させて頂きます」

「もう、一線、超えてるよー」


 ジョンが笑いながら、ダテを指差す。


 ア・ユミが驚いてる見ると、ダテはテオに向かい、あーんと口を開けて催促さいそくをしていた。


 テオは笑顔で「いっぱい食べて」と、せっせとダテの口に箸を運ぶ。


『伊達くん!』


 思わず日本語のア・ユミの尖がった声に、ダテの口が閉まる。


『何してんのよ!』

『す、すみません! あの、テオさんに……その……』

『見れば分かるわよ! なんで、食べさせてもらっているのよ! 遠慮しなさい!』

『は、はい! 申し訳ありません!』


 ダテは背中を伸ばし、テオに日本語で謝った。


 テオは、まだカルビをクルクルと野菜で巻いている。


「あの、テオさん、大丈夫でしゅ、ごめんありません。あの、テオさん?」


 テオは笑顔でア・ユミを見た。


「はい。ア・ユミさんも、あ〜んして」

「えっ」

「はい。あ〜ん」

「いえ、私は……」


 遠慮するア・ユミの隣で、代わりにジョンが口を開ける。


「あ〜……早く、入れてよ!」

「これは、ア・ユミさん仕様なのー。ジョンはダメ。はい、ア・ユミさん、早く」

「は、はい。いただきます……」

「ね? 美味しいでしょ?」

「はい! とても、美味しいです!」

「でしょー」


 テオは目を細める。


「テオー、僕のもー、おねが〜い」

「ちょっと、待ってねー。ジョンはご飯とお肉をたくさん巻いてー、はい、どうぞー」


 ジョンは大きな口を開けて、一口で食べた。


「デカイ、一口だな」


 いつの間にか、セスとゼノも個室を出て、テオのいるテーブルに着いていた。


「セスは野菜多めでー、ゼノは辛味噌多めねー。はい、どうぞー」

「おかわり!」

「次はダテ・ジンさんの番だから、待ってー……はい、どうぞー」


 テオは楽しそうに、サンチュやキャベツに肉や野菜をカスタムして巻いて行く。


 セスはテーブルに肘を付いて口を開け、ゼノは、いちいち感想を言いながら目細めて飲み込んだ。


「テオも食べてー」


 ジョンは巨大な肉巻きを作り、テオに勧める。


「そんなの入らないよ!」

「じゃ、僕が食べる〜。あーん」

「自分が食べたかったんだな」

「ジョン、相手の事を考えて作らないと、いけませんよ」

「ごめーん。僕の事しか考えてなかったー。スープも飲みたーい」


 セスが立ち上がり、自分達のテーブルからユッケジャンを持って来た。


「熱っ。スペースを開けてくれ」


 スタッフ達は、割り込んでくるメンバー達に慣れた様子でテーブルを整理する。


「ほら」


 セスは、ジョンにスープを取り分けて渡す。小さい器に、いくつか取り分けてスタッフにも振る舞い、空いた器を店員に返した。


 その後もセスはア・ユミが恐縮するほど働いた。


 自分達が席を取ってしまったスタッフを個室に誘導する。


 空いた皿を重ねてゴミを乗せ、店員に渡す。最後に1つ残った餃子はジョンの皿に置いた。


 こまめにテーブルを拭きながら、皆の食事のサポートを続ける。


「おい、ダテ・ジン。そのスプーン、使わないなら寄越せ。片付ける」

「は、はい! ありがとごじゃいます」

「ア・ユミ、個室組みに追加注文がないか聞いて来てくれ」

「はい! 分かりました」

「ゼノ、焼酎あるぞ。ほら、メニュー見てみろ」

「迷いますねー」

「テオ、食ってるか?」

「うん、食べているよ」

「豚、口にタレが付いてんぞ」

「豚って言った!」

「ダテ・ジン、お前も口に……違っ、ほら、ここだって」


 セスはダテの口を、おしぼりで拭いた。


 ダテの顔がポッと赤くなる。


(セス、カッコいい〜)


「ダテ・ジン! 何でセスに赤くなるの⁈ トラブルを好きだったのに? セスに戻ったの? トラブルのどこが好きだったの?」


 ジョンのストレートな質問に皆の視線がダテに集まる。


 なぜ、それを知っているのかとの疑問よりも、トラブルのどこが好きなのか自分自身に問う気持ちの方が強かった。


「え、あの、どこが……トラブルさん、優しい、で、カッコいい」


 ゼノは、テオがまた叫び出すかと身構えるが、テオは何も言わず、ダテの顔を見ていた。


 ダテは続ける。


「でも、トラブルさん、ひとり、いつも、ひとり、笑う、でも、寂しそう……」

「そんな事ないよ!トラブルは大丈夫だよ。だって、強いんだから……」


 テオは下を向いて、自分を納得させる様に言った。


「はい、強い、でも、寂しい。自分、分かります、ひとりは、とても、強い、でも、悲しい」

「……トラブルが寂しそうだから好きになったの?」

「あ、あの、優しい、カッコいい。セスと似ている。何でも、出来る、でも、ひとり」


 テオの目が潤んでくる。


(うん。トラブルは何でも1人で出来て、僕の事、好きって言ってくれるけど何も話してくれないし、連絡もいつも僕からだし……)


 ゼノはこの状況をマズいと感じた。


(テオのテンションが、これ以上落ちたら明日の公演に影響が……セス!どうにかして下さい)


 ゼノは、セスに目で訴える。


 セスは眉間にシワを寄せ(たまには、ゼノがどうにかしろよ)と、目で言い返した。


「トラブルさん、可哀想、話す、出来ない、可哀想、とても、可哀想……」


 ダテのつぶやきに、テオは顔を上げた。


「ダテ・ジンさん、それは違うよ。トラブルは声が出ないだけで可哀想じゃないよ。辛い目にあったけど、でも、可哀想じゃない。たくさんの人に支えられて、トラブルは今、幸せなんだよ。可哀想なんて目で見ないで」

「テオさん、トラブルは、可哀想、ない……」

「そうだよ。今は、ぼ……」


(僕じゃなくて、ノエルだった!)


「ノエルと幸せだから。だから、可哀想なんて言わないで」

「は、はい……ごめんありません……」


(テオ、本当に強くなりましたね)


 ゼノは、ホッと胸を撫で下ろす。


(ノエルさんと幸せ?)


 同じテーブルで聞いていたソヨンの動揺が、セスに伝わって来た。


(あー、こっちのフォローも必要か……)


 セスはソヨンに手話で、ダテにトラブルを諦めさせる為に、ノエルに一芝居打ってもらったと説明した。


 それを見たソヨンは手話で答える。


はい、分かりました……。


 皆に、まるで手話の内容を訳す様に言葉にも出して伝える。しかし、内容は無難なモノにした。


「ノエルは、あと2週間で治るそうだ」

「あ、ありがとうございます」


 ソヨンはセスに頭を下げて礼を言う。


(トラブルの話をしたら、会いたくなっちゃったよ……)


 テオはスマホを見るが、既読すら付いていなかった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る