第345話 テオのやり方


 代表に胃カメラの説明を行い、必ず受診する様に念を押す。


 そして、日本人スタッフにテオとの交際と親戚ではない事が露見する前に、再訪日しない判断をしたと報告した。


 ノエルの骨折は経過順調で、あと2週間でギプスが外れる事も。


「分かった。ご苦労さん」


 代表はすっかり胃カメラに気を取られた様子で、医務室を出て行った。


 補充する薬のリストを作り、トラブルは早々に業務を終了させる。


 冷蔵庫から天ぷらの材料を取り出し、リュックに入れて背負い、真っ赤に染まる夕日を見ながら、漢江はんがん沿いにバイクを走らせ、帰路に着いた。


 家に着くと手を洗い、米をとぐ。


 ご飯を炊きながら天ぷらのタネを、ネットのレシピを見ながら作った。


 エビや野菜の下ごしらえを終わらせ、天ぷらのタネにくぐらせて油で揚げていく。


(うん、匂いは悪くない。浮いて来るまでって……これはどうだろう?)


 トラブルは揚げ上がった野菜を、キッチンペーパーに並べて行く。


(大葉〜。あっ! 真っ黒になっちゃった! もう一度……うわ、一気にげちゃうな。もう一度……よし、今だ! いい感じ! 上げるタイミングを間違えなければ……よし、コツをつかんだ。海苔も気を付けて……完璧!)


 テーブルに揚げたての天ぷらと塩、ご飯を並べて箸を取る。


(いただきまーす。ん、うーん、美味しいけど……日本で食べた感動がないな。エビは火が通り過ぎた。大葉も海苔もサクサク感がない。残念……)


 皿を洗い、シャワーを浴びて早めにベッドに入る。


(テオに……昼間、話したからいいか。おやすみ……)






 日本の埼玉のホテルに入ったテオは、明日の公演に備えて体を休めていた。


(ご飯、何を食べようかなぁ。昨日はラーメンで済ませちゃったし。ちゃんとした食事がしたいな……)


 テオはゼノにラインを送った。


 ゼノも同じ事を考えていたらしく、マネージャー経由でア・ユミさんに韓国料理の店を探してもらっていた。


(トラブルは、ちゃんと食べているかな……えーと時差はないから、まだ、夕飯の時間には早いか。何やってるのかなぁ。ラインしてみよ)


 テオがラインを送っても既読は付かなかった。ビデオ通話を鳴らしても、応答はない。


(お風呂かなぁ。まさか、もう、寝ちゃった⁈ 寂しいなぁ……)


 1時間程して、ゼノからジョンを起こしてロビーに集合とラインが入る。


 テオは、ジョンの部屋をノックする。すると、ドアはすぐに開いた。


「ジョン、寝ちゃってると思ってたよ」

「うん、寝てたよ。ゼノからラインが来て、セスに『メシだぞー』って、ドアをドンドンされて目が覚めた」

「僕は保険だったのね……」

「ごはん〜。ごはん〜」


 リーダーの手腕に脱帽しながら、小躍こおどりするジョンとロビーに降りると、すでに韓国スタッフは集合していた。


 ア・ユミが店の送迎バスと、メンバー用の移動車の案内をする。


 ダテ・ジンの姿は見あたらない。


 店は急な予約にも関わらず、自国民をもてなす為に喜んで準備をしてくれていた。しかし、個室は手狭な為、メンバー達とマネージャー、ア・ユミの6人で使用し、他のスタッフ達は一般客の一角を仕切り、席を確保した。


 ア・ユミは、メンバー達の通訳の役目を果たしながら、離れた席のスタッフの世話は難しいと考え、ホテルに顔を出さないダテに連絡を取っていた。


 ダテは30分ほど遅れて店に到着し、スタッフの間に座る。


 韓国の家庭料理が運ばれて来た。


 ア・ユミは、メンバー達に必要な数の取り皿を店員に頼んだり、飲み物や辛味噌の追加など忙しく動き回る。


(伊達くんは、ちゃんとやっているかしら?)


 ダテは暗い顔で、スタッフに心配されながらも、それなりに仕事をしていた。 


(もう。いったい、どうしたのよ……)


 ア・ユミがため息をきながら個室に戻ると、ゼノが声を掛けた。


「ア・ユミさん、どうしました? 何か問題でも?」

「いえ、ダテが……空港から戻ってから変なんです。無事に送り届けたと連絡も寄越さないで、ホテルに顔も出さないで……今まで、何をしていたんだか……」

「今、そこにいるのか?」


 セスが話に入る。


「え、はい。皆さんのお世話をしています」

「ふーん……」

「あの、何かご存知なのですか? ダテが何か失礼な事をやらかしましたか?」

「いや。失礼……うーん、ある意味、失礼かもな」

「それは、いったい……?」


 テオは無言で立ち上がり、ア・ユミの視線を尻目に、個室の入り口からダテを見た。


 ダテは下を向いたまま肩を落とし、食事をしていなかった。


 その様子を見たテオは自分の飲み物を持って部屋を出た。


「テオ、何を……」


 ゼノの声に返事をせず、ドアを閉める。


 ゼノはテオの後を追い、ドアを開けて見るとテオはダテの隣に座るところだった。


 ダテは突然テオが隣に座ったので驚いた。


「テオさん?」

「ダテ・ジンさん、ご飯食べなくちゃダメだよ。はい、お箸持って。ご飯を食べよう」

「は、はい……ごはん」


 テオはダテの皿に、カルビやキムチを乗せる。


 ダテは、いちいち頭を下げながら受け取るが箸は進まなかった。


「あの、テオさん、食べて下さい。自分は、大丈夫、でしゅ」

「ダメだよ。ご飯を食べないと元気が出ないよ」

「元気……でしゅ。大丈夫、でしゅ」

「食べてってば、ほら!」

「は、はい! 食べましゅ!」


 ダテはテオがサンチュで巻いたカルビを口に入れた。


「美味しい……でしゅ」

「でしょ? 僕のは、お肉とネギと味噌の配合が絶妙なんです。……トラブルも褒めてくれるんだよ」

「トラブル……」

「うん。トラブルはね、辛いのが苦手だからキムチは入れないんだ」

「辛い、苦手。そうですか……」

「次は、ご飯とー……エゴマの葉と、豚カルビ! ネギは絶対でしょう? これは辛味噌で。はい、あーん。どう? 美味しい?」

「はい、とても、すごい、美味しいです」


 テオに食べさせてもらい、ダテの頬は上がっていく。

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