第80話 前途多難


 翌日からトラブルは忙しくなる。


 代表の許可が出たからには、会社を挙げての医務室改造となったからだ。


 総務課から2名が手伝いに駆り出された。この2名は代表直々の今回の業務を『トラブルプロジェクト』と、命名した。


 まずは新しい医務室の場所探しだが、トラブルはすでに目星を付けていた。


 ノートパソコンに筆談で会話をする。


『隣』

「隣ですか? 隣の部屋って使ってましたっけ?」

「最上階の角部屋が景色も良いですし、キレイなので、そのまま使えますよ」

『最上階は、お偉いさんの部屋が集まっているので、気軽に立ち寄れる場所ではありません。この2階なら職員数の1番多い事務所に近いですし、搬入・搬出に便利です』

「分かりました。隣を見てみましょう」


 総務課の2人はうなずき合う。


 隣の部屋は倉庫のような医務室より広かった。しかし、いつのものか分からない物で溢れている。


 そして、埃っぽい。


 番組で使った小道具・書類箱・椅子・机・時計・掃除機もあればミシンもある。その、すべてが薄い灰色の化粧をしていた。


「何でも部屋だな」

「全部、捨てて良さそうですね」


 トラブルも含め、3人はカビ臭い部屋から出て廊下で話し合う。


『この壁を壊して部屋を広げたいです』

「なるほど。構造上可能か調べてきます」

「部屋のレイアウトを図面に起こしましょう」


 代表が人選しただけの事はあり、2人とも優秀だった。いちいち説明しなくても、次に何をやるべきかを自分で考えて自分で動く。


 この日のうちにリフォーム業者に見積もりを出させ、大雑把なレイアウトを決めてしまった。


 トラブルは『廊下側の壁も一部取り払い、ガラス張りにしたい』と、伝える。


 採光と圧迫感をなくす為だ。


 総務の2人はトラブルの理想を現実にする為に、そして、早く通常の業務に戻る為に速やかに動く。


 安心して2人にリフォームを任せ、トラブルは医療機器メーカーへ連絡をした。心電図検査機器の購入希望を伝え、カタログを持ってくるようにメールをする。


 製薬会社、血液検査外注業者、レントゲン車、医療廃棄物業者、衛生材料業者へ連絡をする。


 すべての業者と契約する為の手続きを進めていった。





 目の回るような1日が終わった。


(さあ、早く帰ってお手伝いさんと交代しなくては)


 トラブルはバイクのエンジンを暖めている間にテオにラインを打つ。


『お疲れ様です。私は帰ります。何かあれば連絡して下さい』


 読み返し、まるで業務連絡みたいだと思う。


(我ながらセンスないなー。昔からメールやラインは苦手だ。ま、仕方がない……)


 送信して帰路につく。




 家に着くと夜の8時になろうとしていた。


 大急ぎでバイクを停め、走ってパクの部屋に入る。


 遅くなりましたと、お手伝いさんに頭を下げた。


「大丈夫ですよ。はい、訪問看護師さんからノートを預かっています。夕食は半分くらい召し上がりました。先生は入浴もすましましたから、トラブルさんは少し休んで下さいね」


 頭をペコッと下げてベッドのパク・ユンホをのぞく。


 眠っているようだった。


 今のうちにシャワーを浴び、お手伝いさんが作っておいてくれた夕食を食べる。


 訪問看護師には、トラブルの仕事が決まってから毎日、朝・昼・夕に、血圧・血糖・インスリンを打ちに来てもらっていた。


 同居しているアシスタント達も手伝ってはくれるが、せいぜいパクの話し相手になる位だ。


 それでも仕事を始めたトラブルにはありがたかった。


 訪問看護ステーションは、おもたる介護者であるトラブルが失声症と分かると、連絡ノートを作成してくれた。


 それぞれの数値と打ったインスリンの量、食事量、排便の有無、モルヒネの服用量、日中の様子が記載してあり、大変、分かりやすい。


(今日は、モルヒネの摂取量が多いな……)


 こういう日は幻聴・幻覚が出やすい。今晩は眠れないかもしれないと、腹をくくった。


 トラブルはパク・ユンホの部屋の簡易ベッドに横になり入眠する。






「見て!トラブルからライン来た!」


 テオはスマホを皆に見せていた。


 夜の生放送の為、テレビ局の控え室にいるメンバー達はテオに集まった。


「良かったですね」と、ゼノは肩をポンと叩く。


 んふふーと、テオは笑う。


「色気のない文章だな」


 セスはいつもの皮肉じみた顔をしてみせる。


「普通、見せなくていいんじゃないの?」


 ノエルは髪をかき上げて苦笑いをした。


「んふふー、あー、幸せだなぁ〜。トラブルとつながっているって考えるだけで幸せな気分になるよ〜」


 テオはスマホを抱きしめる。


「……ノエル、あいつ童貞か?」


 セスが目を細めて小声で聞く。


「直接的な表現はやめなさい」


 顔をしかめるゼノに、ノエルは「そうだと思う」と、さらに小さな声で答える。


「前途多難だな……」


 セスは遠い目をしてつぶやいた。

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