第501話 別れの予感


 キングスフォード・スミス空港で、テオはノエルに言われた通りの演技をした。


 元々、手を繋いだり肩を組んだりは慣れていたが、ノエルの注文は「僕は嫌そうに苦笑い。で、テオは問答無用で強引な感じね」だった。


「問答無用って時代劇で使う言葉じゃないの?」


 テオの的外れな質問に力が抜けつつ、ノエルは細かな演技指導をした。


 ホテルの前で移動車に乗り込む前に、ファンに手を振りながらノエルはジョンに話し掛ける。すると、テオは間に割って入り、2人の会話の邪魔をした。


 次にテオは、ノエルの後ろから車に乗り込もうとするセスの腕を引っ張ってノエルの隣に陣取り、空港に到着してからも、ゼノと話しながら歩くノエルの手を引き、ノエルの荷物を持ち、ノエルの足元を気に掛けた。


 その様子は、ファンとマスコミによって、あっという間に様々なSNSで拡散し、ノエルの思惑以上の効果を表す。


 機内で隣同士に座り、フライトアテンダントに対してもテオはノエルをかいがいしく世話を焼く姿を見せた。


「テオ、もう充分だよ。仁川インチョンに着くまで休んで」


 ノエルは、小さな声でささやいた。しかし、テオは首を横に振る。


「なんか、彼女をエスコートしているみたいで楽しいんだけど」

「嬉しいけど、やり過ぎると疑惑が確信に変わっちゃうから。ファンが喜ぶ程度でBL(ボーイズラブ)してよ」

「いや〜、ベーコンレタスはバランスが難しいですな〜」


 ジョンが腕を組んで、大袈裟にうなずいて言った。


 突然、入って来たジョンに、ノエルは眉をひそめる。


「何なのジョン」

「だってさ、テオにノエルを取られて僕が怒るじゃん? 怒り過ぎると僕もノエルが好きみたいじゃん? 嫉妬しっとするテオに『は?』みたいな演技が、とても、ムズカシイー!」

「……ジョンも楽しんでるね。ま、いいけど」

「で、ノエル。作戦はこれだけですか? すでに、ファンサイトは2人の話題で持ちきりですが」


 ゼノはノエルの座席に手を掛けて聞いた。 


「仕上げは、まだだよ。仁川インチョンに到着してもテオは僕をずっと見つめたり、僕の隣に立ちたがったりしてね。ゼノは、その様子を眉間にシワを寄せつつ見守る感じで。ジョンは面白がって入って来たりしたらダメだよ。セスはそのまま、不機嫌で」


 テオは不安そうにノエルに聞いた。


「でも、ノエル。シンイーさんは大丈夫なの?誤解しない?」

「うん。シンイーは、この微妙な感じは理解出来ないと思う。きっと『仲良くしているのが、なんで話題になるんだろう』って首を傾げているよ」

「それならいいけど……」

「大丈夫。僕に任せておいて。さあ、もう休もうよ」


 ノエルに従いゼノ達は座席に戻り、思い思いに過ごし始める。やがてメンバー全員が眠りに付き、飛行機は約9時間のフライトを終わらせた。


 仁川インチョン空港で、いつもの様にファンから出迎えを受ける。


 テオはノエルに言われた通りに、何かにつけノエルにまとわり付き、ノエルは苦笑いをしながら自分の帽子をテオにかぶせ、たしなめる様にポンポンと頭を叩いた。


 ファンから黄色い悲鳴が飛ぶ。


 途切れないフラッシュを浴びながら移動車に乗り込み、メンバー達は宿舎に帰った。


 宿舎でノエルは車を降りなかった。


「ノエル? どこか行くの?」

「うん。テオ、僕が写メを送ったら、僕の言う通りにツイートしてね。スマホを気にしてて」

「うん、でも、シンイーさんは? 会うんでしょ?」

「少し遅れるくらい大丈夫だよ。時間がないから、じゃね」


 ノエルはドアを閉め、マネージャーと共に走り去って行った。


 テオはノエルが何をしようとしているのか、まるで分からなかったが、ノエルを信じるしかないとゼノに肩を抱かれて宿舎に入る。


(僕……余計な事ばかり言ったり、やったりして……恋愛に向いていないのかも)


 落ち込むテオを見て、エレベーターの中でゼノは謝った。


「テオ、今後はこういう事もあると頭に入れてチェックする様にします。テオがあまり説明を聞いていないと気付いていたのに、スミマセンでした」

「え! ゼノのせいじゃないよ! だってさ、送ってからチェックが入るからって思ってたんでしょ⁈ 僕が……あさがお? あかさか? なんだっけ?」

「浅はか」


 セスがジロリとテオを見て言う。


「う、ごめんなさい……」


 セスににらまれてショボくれるテオを、ゼノは慰めながら背中を撫でる。


 最上階の部屋の前で鍵を開けるジョンがピョンピョンと跳ね出した。


「しょんべんか?」

「違う! 匂わない⁈ これ! この匂い!」

「あ? この匂いはー……」

「味噌ラーメンだぁー!」


 ジョンは靴を脱ぐのもそこそこに、玄関からキッチンに飛び込んだ。


「テオー! トラブルが味噌ラーメン作ってくれてるよー!」


 ジョンの声にテオ達はキッチンをのぞく。そこには、寸胴鍋ずんどうなべのスープを味見するトラブルがいた。


「トラブル! 何してんの⁈ 」


お腹は空いていませんか?


「空いてる!」


 ジョンがテオの代わりに元気に答えた。


 テオはトラブルと会えて嬉しいが、自分のせいで彼女と会えないでいるノエルが気に掛かり、手放しでは喜べなかった。


 笑顔が不自然になる。


 自分を見て微妙な顔をみせるテオに、トラブルはテオが喜んでくれていないと感じた。


(テオ……怒っている……?)


 トラブルの表情が暗くなる。

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