第384話 福岡名物


 トラブルと事務局長が隠しカメラを仕込む前日、福岡公演を大成功で終わらせたメンバー達は、日本ツアーの打ち上げを行っていた。


 マネージャーが皆が酔っぱらう前にと、明日のスケジュールを確認する。


「明日は9時のフライトなので7時までに福岡国際空港に行きます。なので、5時半にホテルを出発します」

「はーい! 5時半まで飲んでま〜す!」

「ジョン! もう酔ってるの⁈」


 赤い顔で手を挙げるジョンにノエルが驚く。


「安上がりなヤツだな」


 セスは焼酎を舐めながら鼻で笑った。


「いいえ! 僕は酔っていません! この巨峰のワイン最高ー!」

「うん、すごく美味しいよね。ノエルも飲んでみてよ」


 ノエルはテオに勧められ、テオの手からワインを一口飲んだ。


「あはっ! この焼酎のせいでジュースにしか感じないよー」


 ゼノはノエルとセスのグラスを指差す。


「2人は同じ物ですか? それは何の焼酎ですか?」

「麦焼酎だ。旨いぞ、飲んでみるか?」


 セスは《古久こきゅう》と書かれた瓶を傾け、ゼノのグラスに注ぐ。


 ゼノはグラスに顔を近づけただけで、目を見開いた。


「香りだけで酔いそうですよ! いったい何度あるのですか⁈」

「40度だ」


 セスは笑いながら焼酎を舐める。


「40度⁈ それを2人とも割らずに飲んでいるのですか⁈」

「ゼノー、貴重な原酒なんだよ。薄めたらもったいないじゃん」

「いやー。私は焼酎派ですけど、40度は無理ですね」

「チェイサー頼む? 水で休みながら飲めば、味を楽しめるよ」

「そうですね……あ、トラブルの家で飲んだ杉の香りのする……あれが飲みたいですね」

(第2章第228話参照)


「あー、樽酒な。メニューにー……あった。ノエル、これとチェイサーを2つ頼め」

「チェイサー2つ? セスも飲むの?」

「いや。豚に渡せ」

「ああ、ジョンね。OK」


 ノエルは注文に席を立った。


「ちょっと! 聞こえてたからね! 僕はもう豚ではありません! 脱いで見せようか⁈」


 ジョンがTシャツをめくり上げ、女子スタッフから悲鳴が聞こえる。


「こら! ジョン!」


 ゼノに一喝され、ジョンは大人しく腹筋をしまった。


「ジョンは酔うと脱ぐ癖がついたねー。東京のラーメン店でもズボンを下ろそうとしたんだよー。覚えてる?」

「ほ、本当⁈ 僕、スボン脱いだの⁈」

「チャックを下まで下げたんだよー」

「ウソ⁈ 皆んな、見たの?」


 ア・ユミとソヨンが、うんうんとうなずく。


「キャー! ごめんなさーい!」


 ジョンは顔を隠しながら、畳に額を付ける。


 その様子にメンバー達とスタッフは、家族の様に笑い合った。


 テオは「大丈夫だよー」と、ジョンの背中をさする。


 ノエルは原酒を口に運びながら、テオを横目で見た。


「テオ、ずいぶん余裕じゃん?」

「どういう意味?」

「明日、帰国してもトラブルと会えないんじゃなかったの?」

「う、うん。会えないよ。僕は実家に帰るから……」

「いつもなら『寂しー』って泣き付いて来るのに、怪しいなぁ」

「な、何が怪しいんだよ。毎日、ラインしてるから寂しくないよ。業務連絡みたいなの止めて幸せなの」

「ふーん。ま、イイけど」


誤魔化ごまかせたよね? 夜、トラブルに会うの、バレていないよね?)


 テオは心臓の音がノエルに聞こえない事を祈った。


(トラブルはノエル達に、今日シたって知られるの嫌がってたから、明日、トラブルんに泊まるって内緒にしなくちゃ。知ってるってトラブルが知ったら、また拒否されちゃうよ。明日こそ、絶対トラブルと……)


 ノエルはモツ鍋を頬張りながらセスに視線を送る。それに気付いたセスは、眉間にシワを寄せて首を横に振った。


(それ以上、突っ込んでやるな)

(はーい)


 ノエルは肩をすくめて、視線を戻した。


「ホテルの売店って、まだ、買い物出来るかなぁ? お土産買いたいんだけど。空港でも買えるかな?」


 テオがア・ユミに聞いた。


「空港では、あまり時間がないですね。ホテルは遅くまで営業していますが……ここでも、メニューに載っているお酒やモツを買う事が出来ますよ」

「本当⁈ 『しんしゅうワイン』ってある?」

「信州ワインですか?どうかしら……」

「ないぞ」


 セスがメニューを渡しながら口を挟む。


「テオ、誰へのお土産なのかなー?」

「ノエル、変な顔で見ないでよ。母さんだよ。最近、ワインにハマってるって。ホテルで飲んだのが美味しかったってラインしたら、買って来てって言われてさ」

「ふーん。ま、イイけど」

「ノエルもお母さんにお土産買おうよ。僕が選んであげる」

「んー、僕は家に帰らないから……」

「え! そうなんだ。そうか……」

「病院で会えたからさ。食事して話も出来たから大丈夫だよ。僕が家に帰ると母さんが父さんと兄貴に気を使って大変になるからさ……」

(第2章第172.341話参照)


「外で会えばいいじゃん? お土産だけ渡すとか」

「父さんは母さんが家を開けるのを嫌がるからね。自分は仕事もしないくせに」

「そっか……じゃあ、僕が届けて来ようか? ピンポーンって。近所だし」

「あはっ! テオは優しいなー。でも、あの人達がどう取るのか分からないからさ。『お前の息子は自分で届けない』とか言って、母さんを困らせるよ」

「……じゃあさ、一緒に行こうよ。お父さんの分とお兄さんの分のお土産も買ってさ。それなら僕がいるから玄関先で失礼しますって帰って来れるし、久しぶりにノエルのお母さんに会えるし」

「テオ……本当に実家に帰るんだ」

「何それ⁈ 本当だよ!」

「てっきり、トラブルの家に行くのかと……」

「実家に帰るって言ったじゃん!」

「そうだけど……読みが外れたのは始めてだよ」

「ノエル、僕が嘘を言ってると思っていたの?」

「うん。隠しているのかと思ってた」

「ひどい!」

「テオ。本当にイイの?」

「うん。一緒に届けに行こう」

「ありがとう……」

「じゃ、お土産を見に行こうか」


 テオが席を立つ。


「僕も行くー!」


 ジョンが勢いよく立ち上がり、テーブルが傾いた。


「危ない!」


 ビール瓶やモツ鍋が揺れ、グラスが倒れる。


「うわ!」

「キャー!」


 皆で瓶や鍋を押さえ、倒れたグラスから流れ落ちた酒の被害が広がらないように、おしぼりで抑えた。


「ジョン! 気を付けて下さいよ!」

「ごめ〜ん。テオ、待って〜、僕も行く〜」


 ジョンは膝をさすりながらテオ達を追い、走ってお土産コーナーに消えた。


 セスがうつむいたままかたまっていた。ゼノは驚いて声を掛ける。


「セス? どうかしましたか?」

「あの豚……俺の手を踏んで行きやがった……」


 セスは手を押さえながら、ジョンの消えた方向をにらむ。

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