第385話 思い出話


 福岡国際空港で多くのファンに見送られ、メンバー達は日本を後にした。


 韓国、仁川インチョン空港でもたくさんのファンと報道陣に囲まれながら移動車で宿舎に向かう。


 宿舎に入り玄関を閉めるとメンバー全員が、ハァと、一息ついた。


「帰って来たって感じがするね」

「うん。お土産を仕分けよう」


 テオとノエルは、それぞれ実家に持ち帰る荷物を分ける。


「テオ、それは? そのワインは誰の?」

「これは、トラブルに渡す分だよ」

「持っていくの? なんで?」

「え、えっと、後で、その……送るの! 実家の近くから送ろうと思って。で、アメリカから帰ったら一緒に飲むの」

「ふーん。ま、イイけど」


「洗濯物出しておいて下さいね。明日は朝6時までに戻って下さいよ」

「ゼノ、洗濯ありがとう。ゼノは帰らないの?」

「両親はニューヨークですから、アメリカで会う予定ですよ」

「ゼノって、こっちに親戚はいないの?」

「叔父がいますが、連絡は取っていません」

「そうなんだー。セスは?」

「俺は寝る」

「あ、そう。帰らないのね」


 ノエルはセスが部屋に消えると、ゼノに小さな声で聞いた。


「セスって実家に近寄らないよね? なんでだろう?」

「あー、病院に入れられた事を、まだ引きずっている様です」

(第1章第12話参照)


「頭では理解していても気持ちで許せないって事かー」

「その様ですよ」

「ジョンは?」

「ジョンは実家に帰るそうです。あ、お父さんに明日の朝の時間を伝えておかなくては」

「過保護だなぁ」

「ノエルは? 今日は戻りますか?」

「うん、戻って来るよ」


「ノエル、お待たせー。あと、ゼノ、これは宿舎チームにお土産」

「日本のお菓子ですね。テオが気を使ってくれるなんて感激ですよ。ありがとうございます」

「へへ。なんだか照れ臭いな」

「ソヨンさんの入浴剤で癒されて、このお菓子でゆっくり晩酌させてもらいますよ」

「うん、疲れを取ってね。じゃ、行って来まーす」


 テオとノエルは手を振って宿舎を後にした。


 マネージャーが呼んでおいたタクシーに乗り、テオの実家に向かう。


「テオー、荷物多くない?」

「そ、そう? パジャマとか入ってるから……」

「えー? パジャマ? 実家にないの?」

「うん。僕のモノはあまり残っていないんだよ」

「ふーん。ま、イイけど」


 タクシーは懐かしい街並みにテオとノエルを運ぶ。


 2人は窓の外を指差しながら、幼馴染にしか分からない思い出に話が弾んだ。


「ここで始めてつか合いのケンカをしたんだよ」

「え? 幼稚園の前じゃなかった?」

「違うよー。幼稚園の前から口を聞かなくて、テオがここで爆発したんじゃん」

「なんか、すごく泣いた覚えがある」

「母さん達が慌てて僕達を引き剥がしてさー」

「なんでケンカしたんだっけ?」

「テオが前髪を切られ過ぎたって朝からねていたんじゃん」

「それは、小学校の時でしょ?」

「小学校の時も、あったね」

「世の中のお母さんは、なぜに子供の前髪を短くしたがるんだろ? そういえば、ノエルは切られ過ぎていた事なかったね」

「うん。僕は父さんに注意される前に自分で切っていたからね」

「自分で⁈ 幼稚園の頃から⁈」

「うん。ハサミが使える様になってからだけど」

「……僕、ノエルの事、全然何も知らないで友達してたんだね……」

「それがイイんだよー。家で嫌な事があってもテオと遊ぶと元気が出たんだから。テオのお母さんは他のお母さん達と違って、僕の母と親しくしてくれていたし」

「母さんにね『テオはのんびり屋だから、しっかり者のノエルくんと一緒にいなさい』って、いつも言われていたよ」

「ずっとテオの連絡帳、僕が書いていたもんね」

「先生が消すのが早いんだよ!」

「僕は2人分書けていたじゃん」

「う、そうだけど……」

「テオのお母さんは本当に良い人だよ。出かける時はいつも僕を誘ってくれて。うちはそんな余裕はなかったから、遊園地も動物園もテオと行ったのが始めてだったんだよ」

「僕には『お前がいつも迷子になるから』って、言っていたよ?」

「うん、その意味もあったかもね。本当に毎回どこかに行っちゃってたもんねー」

「毎回じゃないよ」

「一度さ、探すの止めてみようかって、テオのお母さんと話した事があるよ」

「ウソ⁈ ひどっ!」

「『ノエルくんをウチの子にしよう』って言うテオのお母さんを引き止めたよ」

「初耳だよ!」

「僕は、複雑だったけどね」

「複雑?」

「本当にそうなればイイのにって気持ちと、母さんを1人に出来ないって気持ちとね」

「……ノエルのお母さんも良い人だよ」

「うん、分かってるよ。でも、もう少し自己主張して欲しいなって思う時もあるよ」

「自己主張?」

「うん……あ、見えたよ。ここで停めて下さい」


 ノエルが支払い、2人はタクシーを降りた。


 テオの実家を見上げる。


 テオが門を開けて敷地内に入ると、玄関が内側から開いた。


「母さん、ただいまー」

「ご無沙汰してます」

「おかえりなさい。ノエルくん、久しぶりね」

「おばさんもお元気そうで。相変わらずお美しいですね」

「あら、嬉しい」


 テオの母は若々しい笑顔を向け、自慢の息子の帰郷を心から喜んだ。


 2人をリビングに招き入れ、身長が伸びた、痩せた、食べているのかと、親が気にする言葉を全て言ってから、朝から気合を入れて作った料理を並べる。


「手伝います。うわー、おばさんの手料理、食べたかったんです。嬉しいなぁ」

「たくさん食べてね。ほら、テオも運んでよー」

「はーい」


 テオは返事をしながら、イカを1切れつまみ食いする。


「こらっ、テオ!」

「へへー。共犯、共犯」


 テオは、働くノエルの口にも1切れ食べさせた。


「美味っ。おばさん、これ最高ですよ」

「本当? ノエルくんは変わらず優しいわね」

「お世辞じゃありません。世界一です」

「まあ、嬉しいわ。もっと持って来るわね」


 テオの母がキッチンに向かうと、テオはノエルを見た。


「僕の母を口説かないで下さい」

「口説いてないよー。でも、相変わらず綺麗だよね」

「最近は腰が痛くて歳には勝てないって言っていたよ」

「全然、アリなんだけど。僕が腰をお揉みしましようか〜?」

「やめてよ!」

「テオのお父さんになるのも面白いな」

「やめてってば! 父さんはどうなるのさっ」

「あれ? そういえば、今日はお父さんは?」

「急な会議が入ったんだって。夕方には帰って来るよ」

「あー、じゃあ会えないね。挨拶したかったんだけど。よろしく伝えておいて」

「うん、伝えとく」


 3人はリビングにでテーブルを囲み、近況報告と昔話に花を咲かせた。


「2人はこの後、どこかに行くの?」


 テオの母が聞く。


「うん、ノエルんにお土産を届けて来るよ」

「あらそう。ノエルくんは泊まりなの?」

「いえ。宿舎に帰ります」

「そう、2人で帰るのね。じゃあ、残ったおかずを持って帰ってもらおうかしら」


 テオの母がキッチンに向かうと、今度はノエルがテオを見た。


「2人で帰るー? テオー、どういう事かな?」


 やはり、隠し通す事など出来ない。


(バレちゃった!)


 テオはペロリと舌を出す。

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