第383話 隠しカメラ
テオは、日本から何度もビデオ通話を試みるが、トラブルはラインでしか応答しなかった。
セスとノエルには、トラブルがチョ・ガンジンがらみでテオに見せられない怪我をしたのだと分かっていたが、それをテオに伝えれば帰国すると言い出すのは目に見えて明らかだった。
ノエルはただ、落ち込むテオを慰める事しか出来ず、セスも知らないフリを通した。
トラブルもまた、テオと顔を合わせられない状況に寂しさを
しかし、
(ユミちゃんに特殊メイクを頼もうかな……)
数日経っても消えない
驚く事に、ハン・チホの宿舎に隠しカメラを仕込むと言うのだ。
トラブルと事務局長は、ハン・チホ達が学校に行っている時間に宿舎の外で待ち合わせをした。
少し遅れて来た事務局長は大きな鞄を肩に掛けている。
トラブルはスマホのメモで質問をした。
『今日、カメラを仕込む事はハン・チホは知っているのですか?』
「いいえ、カメラの存在そのものを知らせていません。視線を送ってチョ・ガンジンに気づかれる可能性がありますから」
『今、チョ・ガンジンの居場所は? 把握していますか?』
「勿論です。代表が明日のテストの打ち合わせをすると会議室にマネージャー達を集めています。話している時間はありません。始めます」
マスターキーを使い、家に入る。
以前、代表と入った時よりは少年の部屋らしくなっていた。
(第2章第351.352話参照)
玄関には靴が並び、壁にはアイドルのポスターが貼られている。スマホの充電器が並び、シンクには朝食の皿が水に浸けられていた。
小さな貯金箱には付箋が貼られてあった。付箋には《泣いたら100ウォン入れる!》と、書いてある。
(私には必死に追い掛けた夢なんて、なかったな……)
叱られませんように叩かれませんようにと、毎日を祈る様に過ごしていた幼少期を思い出し、少年達のひたむきな思いを目の当たりにして、その落差に今さらながら惨めな気持ちになる。
「手を貸して下さい」
事務局長の言葉に我にかえり振り向くと、鞄の中から壁掛け時計を取り出していた。
「あそこの時計と替えます」
事務局長は椅子に乗り、リビングに掛かっている時計を外してトラブルに渡した。
トラブルは新しい時計を渡す。
(なんで時計を替えるんだ?)
次に鞄から取り出したのはペンだった。
それをテレビの上に、そっと転がらない様に置く。
(ペン? ボールペンか? なんで……)
事務局長は満足そうに見渡して「さて」と、ノートパソコンを開いた。
しばらくして、見た事のある部屋が映し出される。
「そこに立ってみて下さい」
トラブルは言われるままにリビングの入り口に立った。すると、自分の姿がパソコンに現れた。
事務局長がテレビの上のペンを動かすと、画面の中のトラブルも動く。
トラブルの全身が映る様にペンの位置を調節すると、今度はリビングの中央に立つ様に指示を出す。
パソコンの画面がトラブルを斜め上から映し出した。
トラブルは、さっき取り替えた壁掛け時計を見上げる。
よく見ると、小さな穴が光っていた。
(隠しカメラ⁈ なんで、そんな物を持っているんだ⁈)
「かなり古い型ですが、まだまだ使えますよ。他にも腕時計型やボタン型などがあります。最新の物はこれです。モバイルバッテリー型のカメラで、コンセントに繋いでおいても不自然ではないので、半永久的に使えます」
(嬉しそうに……この爺さん、何者なの⁈ )
「それでは流れを説明します。私は退職して新しい事務所の立ち上げを行っている事になっています。ハン・チホは、練習生を辞めた、その後、私がスカウトする形で移籍する計画を、今夜チョ・ガンジンから聞かされます。ハン・チホにはその計画に乗らない演技をする様に言ってあります。チョ・ガンジンは思い通りにならないと怒るはずです。我々は部屋の外で監視映像を見て、ハン・チホに危害が及びそうになったら止めに入ります。移籍の計画と拒否するハン・チホに向けた暴言が撮れれば成功です。成功の合図は、私がチョ・ガンジンに電話をするので、それを合図にハン・チホは移籍に同意して、チョ・ガンジンは大人しく帰る……何か質問は?」
トラブルは首を横に振る。
「では、念の為、寝室にもカメラを仕込みます」
事務局長はハン・チホの寝室に入り部屋を見渡す。両手の指でカメラフレームを作り「ここだな」と
隠しカメラを数カ所に仕込みながら、トラブルが聞きもしないのにカメラセッティングのコツを話し始める。
「難しいのは、顔もハッキリ分かる程近づかなくてはならない事と予測した同線にカメラをセッティングする事です。タレントさんの目線を考えてカメラが視界に入らない様にして、うっかりとカメラ目線にならない様にします。カメラに気付いたと視聴者に悟られてはいけません。しかし、今回はその配慮は必要ありません。チョ・ガンジンだけにバレなければいい。なので難しい事はありません」
(タレント? 視聴者?)
首を傾げるトラブルを見て、事務局長は意外そうに言った。
「あれ? 私がテレビディレクターをしていたと知りませんでしたか? 昔、ドッキリが流行ったでしょう。あれを仕掛けたのは私です」
トラブルは、へー、と
(昔って、いつの事だろう?)
事務局長はトラブルの反応の悪さに軽く気分を害しながら「代表のお父様に、その頃出会いました」と、遠い目をして見せる。
(ふーん、代表の父親はテレビ局で働いていたのかな? ま、何かしらの関係者でなくては芸能事務所なんて立ち上げたりしないか……ん? 今夜? 今夜、何かあった様な……何だっけ?ん〜? その内、思い出すかな……)
「では、
事務局長とトラブルは玄関の外に出る。
ドアをバタンと閉めた振動で、テレビの上のペン型隠しカメラがコロコロと転がり落ちた。
誰もいないリビングの床で放物線を描いて止まった。
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