第223話 爺さん⁈


 トラブルがバイクにまたがった時、テオからラインが届いた。


 そこには、全員で泊まるとある。


『飲み物と』

『ケーキを』

『買って』

『行くね』

『あと』

『何か』

『買って』

『行くもの』

『ある?』


『水しか無いので助かります。ケーキ屋で朝食も買って来て下さい』


 スマホをリュックにしまい、バイクでスーパーマーケットに向かう。






「朝ごはんのパンも買って来てってー」

「テオ、道案内出来ますか? 方角は? 北ですか?」

「うーんと、こっち」

「そっちは、川ですよ」

「うん、漢江はんがん沿いの幹線道路を行くんだよ。トラブルんちは、ソウルより川上かわかみにある」

「なんだか不安ですが、案内頼みますよ」

「うん、任せといて」


 ジョンが布団を抱えて部屋から出て来た。


「僕、枕が変わると寝られないんだよー」

「これは枕ではありませんよ。それに、ジョンは枕が変わっても大丈夫です。保証します」


 ゼノはジョンから布団を取り上げて部屋に放り投げた。


「あー、ゼノ。枕と掛け物は持って行った方がいいかも。たぶん、無いから」

「では、各自、準備して下さい…… それとも、買ってトラブルの家に置いておいてもらいますか?」

「あ、それ賛成!」

「テオ、いいですか?」

「うん、トラブルもダメって言わないと思う」

「出発ー!」


 それぞれ荷物を持ち、ゼノの車に乗り込む。


「まずは、酒屋ですね」

「ワクワクするねー」


 ご機嫌なジョンにテオは微笑み返す。しかし、窓から見慣れた街を見て、何か物足りなさを感じた。


(そうだ、いつも、ここにノエルが座っていたから……)


 テオはノエル越しの景色を思い出す。


「誰とも目が合わないのは、変な感じがしますね」


 テオの気持ちを感じたのか、ハンドルを握るゼノがバックミラーを直しながら言う。


「広く感じるな」

「ノエルは、今、手術中?」

「手術になったら代表が連絡してくれると思いますがねー。コメントの用意などは言われていませんよ」

「ううう〜、ノエルに会いたいよ〜」

「バカっ。テオ、泣くなよ」

「だって〜」

「3時間前に別れただけだろっ」

「だって〜」

「テオが泣いたら僕も泣けちゃうよー」

「ジョンまで、バカっ、やめろよ」

「だって、ね〜、テオ〜」

「うん、ジョン〜」


 抱き合って泣く2人にリーダーも目頭が熱くなる。


「ノエルが聞いたら、泣いて喜びますよ」

「天狗になるだけだろ」

「ハハッ、間違いなく、なるでしょうねー」


 車は大型リカーショップに到着した。


「さあ、着きましたよ。あー、2人は、その顔で降りない方がいいですね。セス、行きましょうか」

「面倒くせー。筋肉ブタの仕事だろ」

「ジョンを泣き顔のまま、出歩かせられないですよ」

「俺はジョンだなんて、一言も言ってないからな」

「ゼノ、ひどい!」

「……セスの策略にハマりました。すみません」

「素直に謝られてもー!」

「うるせっ。ゼノ、行くぞ」


「最初から、そう言えばいいじゃないですかー。頭の良さを、こんな所で使わないで下さいよ」


 ゼノのぼやきがセスと共に遠ざかって行く。


「テオ、ノエルにラインしてみてよ」

「え、病院にいるから、ダメなんじゃないのかなぁ」

「じゃあ、代表は?」

「ここにいるのバレたらヤバイでしょ」

「そっかー」


 ジョンは椅子に沈み込み、つまらないと目をつぶる。


 スーッと寝息が聞こえて来た。


「ジョン? 寝ちゃったの? うわー本当に寝ちゃったよ……」


 しばらくして、ゼノとセスが小走りに戻って来た。


 助手席に缶や瓶を押し込み、慌ててエンジンをかける。セスが後部座席に飛び乗った瞬間、ゼノは車を出した。


「どうしたの?」

「ファンに見つかりました。焦りましたー」

「ゼノが大声で俺を呼ぶからだろ」

「セスが日本酒の前から動かないからですよ」

「吟味してたんだろー」

「あれ? ジョンは? ジョンは乗っていますか?」

「乗ってるよー。寝ちゃってる」

「マジか」


 それにしてもと、ゼノは目を細める。


「あのジョンが早起きをして走っているとは知りませんでしたよ。今朝もテオかと思っていました」

「今朝も走って、それで撮影に挑んでいたなんて、頑張ったんだー」

「ノエルの影響だな」

「そうですね。ノエルは澄ました顔をして水面下では人の何倍も努力していますからね。ジョンも、そうしなくてはと思ったのでしょうね」

「う、僕も努力しなくっちゃ」


 セスがチラリとテオを見る。


「お前は、あいつを努力しろよ」

「そう思うなら、帰って下さい!」

「ほら、本音が出たー。モノに出来ない言い訳が出来なくなるぞ」

「モノって、そういう言い方はやめて下さい。大事、大事にしているんですー」

「大事にし過ぎて、爺さんになって振られるな」


 ゼノが上を向いて大笑いすると、車は左右に大きく揺れる。


「バカっ! 前見てろよ!」

「テオが爺さんになったら、トラブルは婆さんですかー?」

「もー! ゼノまでめてよー」


 ゼノの笑いは止まらない。


「テオの爺さんは想像出来ますが、トラブルの婆さんは想像出来ませんねー」

「爺さんになるかもな?」

「ぶっ! ワハハハハー!」


 車は揺れたまま、デパートの地下駐車場に入って行く。

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