第459話 おあずけ


 ジョンは誰かと電話をしていた。


「うん、分かった、伝えておくね。あとでね」


 通話を終わらせ、ゼノ達に笑顔を見せる。


「あのね、ノエルが僕から皆んなに伝えてだって。あと1時間で戻るから宿舎に帰っててって」

「ジョン! ノエルが電話に出たのですか⁈」

「うん」

「私の電話もマネージャーの電話も出なかったのに⁈」

「僕のもだよー」


 テオが口を尖らして言う。


「今、どこにいると?」

「あ。聞かなかった」

「ジョン。屋内か屋外か、どちらだと感じた?」


 セスはジョンからヒントを聞き出そうとした。


「えーと、外だと思う」

「お前の電話に1回で出たのか?」

「ううん。僕がラインしたの」

「内容は?」

「僕達を捨てるの? って。空中分解しそうって」

「で、すぐに電話が来たのか?」

「うん。謝ってた」

「小声だったか?」

「え、うーん、分かんない。普通だったよ」

「スマホを手で覆っていたか? 隣に誰かいる様子は?」

「そんなの、どうやったら分かるのさー!」

「声の響き方で分かるだろ!」

「分かんないよー!」

「ったく」

「セス、今のジョンの話で分かった事はありますか?」

「ああ。居場所が分かった」

「ええ!ノエルの居場所ですか⁈ ジョンは分からないを連発していましたが⁈」

「ゼノ、簡単な推理だろ」

「ノエルはどこにいるのですか⁈」

「……帰って来たら、本人に聞け」

「そんな! 分かったなら教えて下さいよ!」

「知られたくないと思っているかもしれないだろ」

「ノエルがですか⁈」

「他に誰がいるんだ」

「また、そんな言い方をして!」


 思わず声を荒げたゼノは、深呼吸をして頭を切り替える。努めて冷静に聞き直した。


「……では、なぜ、ジョンにだけ連絡をして来たのか教えて下さい」

「ジョンのラインで、俺達が……特にゼノがパニクっていると知ったからだ。『どこにいる』『連絡よこせ』は想定内の内容だろ? でも、ジョンが『捨てるのか』『空中分解』と、言って来た。ただ、心配しているだけではなく、引退や解散の話にゼノが飛躍していると知ったんだ」

「なぜ、私だと?」

「テオの時も、同じ様にパニクっただろ」

「そう……ですね」

「ノエルは1時間で宿舎に戻ると言った。だから、待てばいい」

「……分かりました。トラブル、健康チェックは……」


 トラブルはゼノに首を振って見せる。


「そうですね。また日を改めましょう。あー、血圧が上がっている気がします」


 ゼノは上を向いて目をつぶる。


 トラブルは血圧計を持ってゼノに近づいた。ゼノは素直に腕を差し出す。


 血圧は正常値を示し、トラブルはゼノのカルテに記入した。


 ついでに、他の3人の血圧も測定する。

 

「さあ、宿舎に帰って休みましょうか」


 ゼノの言葉で、セスとジョンは立ち上がった。


 ゼノはテオを見る。


「テオ。明日、朝6時までに帰って来て下さいね」

「え……」

「セス、ジョン、行きますよ」


 3人は出て行った。


 テオは立ち尽くしたまま、トラブルを見る。トラブルはテオの気持ちが分かり、笑顔で手話をした。


宿舎でノエルを待っていてあげて下さい。


「ごめん、トラブル。やっと会えたのに……トラブルと一緒にいたいんだよ? でも、僕がトラブルの事を意識し始めた時に、ノエルに相談に乗ってもらっていたんだよ。だから、今度は僕が話を聞いてあげたいんだ。本当は、今すぐにでも抱きしめたいんだけど……」


 トラブルはテオの胸に手を当てて、そして、そっと顔を近づける。


「ダメ。我慢出来なくなっちゃうよ……」


 テオは愛する人の両頬を手で挟み、キスを止めた。


 トラブルは上目遣いで、残念そうに見る。


「うー、そんな目で見ないでよー。……少しだけだよ?」


 テオはチュッとキスをした。そして、強く抱きしめる。


「終わり。帰らなくちゃ。ごめんね」


 テオは言葉とは裏腹に、腕の力を抜こうとしない。


「……離したくない。このまま、一緒に帰りたいよ……トラブルも同じ気持ちだよね? でも、ごめん。僕達は、いつでも会えるから……」


 トラブルは、テオの胸でうなずく。


 テオはトラブルを離し、もう一度キスをして名残惜しそうに医務室を出て行った。


 走ってゼノ達を追い掛ける。駐車場で、走り始めた車を大声で停車させ、驚くゼノを押し退けて乗り込んだ。


 医務室に1人残されたトラブルは、寂しい気持ちを振り払う様に、ため息をいてメンバー達のカルテを開き、血圧を入力する。


 ノエルの名前の空白の欄を見て、さらに深いため息をき出した。


(セスは居場所が分かったと言った。簡単な推理? 宿舎に1時間以内で帰れる場所……ソウル市内で、外……人目に付かない屋外なんてあるだろうか? そもそも、この忙しいスケジュールのいつ、女性と出会う機会があったのだろう……スタッフ? ソヨンではないし……他社のスタッフ? 他のグループのヘアメイクにスタイリスト、ダンサー? マネージャーが女性のグループもあるし、カメラ、音声、照明、AD、タイムキーパー……あれ、以外と知り合う機会はありそうだ。それにしても、あのプロ意識の塊のノエルが行方をくらますなんて……無事に戻れば良いけど……)


 トラブルが駐車場に出ると、すでに日は暮れていた。バイクのエンジンを掛けながら、夕食を考える。


(すき焼きの材料が買ってあるけど、1人だし面倒だな。シメのうどんを炒めて、焼うどんにするか……チョコレートケーキ買って帰ろう)






 2時間前、そっと会社の控え室を出たノエルは、足早に歩きマスクをつけ、帽子を被りながらタクシーに手を挙げていた。


(ごめん、皆んな。必ず戻るから)


 運転手に行き先を告げる。


「オリンピック公園まで」

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