第455話 敏腕マネージャー

 

「……分からないよ」


 ノエルはセスから目をらして、つぶやいた。


「そうか……俺は、もう、お前を止められない。ここに、あの子はいない。覚えておいてくれ」

「……分かっているよ」

「なら、探すな。意識が飛びそうな時は、体に痛みを与えろ」

「痛み?」

「俺は、周りに知られない様に頬を噛んでいた」

「頬を……そうやって、ポンポン飛ぶ意識をコントロールしていたの」

「ああ。お前にも出来る」

「痛いのは苦手だな……」

「骨折しても泣き言ひとつ言わなかっただろ?」

「それはー……テオに泣かれたくなくて……」

「ふん。昨日、探してもあの子は見つからないと思い知っただろ」

「うん……彼女は他の人と違うみたい」

「そうか。でも、ここにはいない。それを忘れるな」

「うん……」

「あと、テオは、その子の代わりにはならない」

「もちろんだよ!」

「……その子もテオの代わりにはならない」

「……うん、分かってる」

「よし。……ゼノが俺達を呼ぼうとしている。先に振り向くか? 呼ばれるのを待つか?」

「先に振り向いて驚かせよう。せーのっ」


 ノエルとセスが同時に振り向くと、ゼノは手を挙げて口を開き、息を吸い込んだところだった。


「あ、あー……お昼ですよ」

「うん。今、行くー」


 2人は笑いをこらえながら、ステージから降りた。


 昼食をスタッフ達とり、最終的な打ち合わせを済ませて、衣装を身に付ける。


 フルメイクを終わらせると、ユミちゃんはノエルの元に来た。


「ねぇ、手の調子はどうなの?」

「え、大丈夫だよ」

「大丈夫じゃなくて、どうかって聞いてんの」

「どうって……痛くもないし、かゆくもないし……」

「何ともないって事ね」

「うん。そう言ったつもりだけど?」

「トラブルがね、ノエルの大丈夫は信用するなって言うのよ。あと、写真を撮らせて」

「え、ここで?」

「あんたじゃないわよ。あんたの手よ」


 ユミちゃんはノエルの右手の手背しゅはい手掌しゅしょうの写真を撮る。


「ユミちゃん? その写真、どうするの?」

「トラブルに頼まれているのよ。毎日、撮って送れって」

「え! なんで?」

「異常の早期発見ですって。だから、何かあったら私に言うのよ。大丈夫以外で」

「トラブル……抜かりがないなー」

「いい? すぐに私に言うのよ。マネージャーやゼノでなく、私に!」

「……ユミちゃん、トラブルに連絡する口実が欲しいんでしょー」

「失礼ね! 毎日、あんたの手を送るんだから、その時に愛を確かめ合うわよ!」

「愛ってー」

「いいから! 早く、行きなさい!」

「はーい」


 ステージ下の奈落ならくでテオは待っていた。


「ノエル、遅かったね」

「ユミちゃんに手の写真を撮られてたよ」

「え、なんで?」

「トラブルに頼まれているんだってさ。毎日、僕の手の写真を送りながら、愛を確かめ合うんだって」

「げー! 本当に?」

「テオ、気を付けなよー。メイクの時にもバレそうだったじゃーん」

「うん、心臓が止まりそうだった」


 会場が暗転した。

 

「さぁ、ヨーロッパ初日の開幕ですよ」


 メンバー達は円陣を組んで手を重ね合う。


 いつもの様に気合を入れ、イントロに耳を澄ませた。


 5人を乗せたりは、ゆっくりと上がり始め、歓声の中にメンバー達を送った。


 ゼノはセスの様子を見て、セスに異常がなければノエルも異常なしだと確認していた。


 ノエルは、今まで思う存分に踊れずに我慢していた気持ちを、この公演にぶつけた。そして、素晴らしい集中力を見せつけた。


 背筋ダンスで、テオがまたノエルを骨折させては大変と、控えめにターンをしてタイミングを外しても、ノエルはそのズレをさらにズラして完璧に踊り切る。


 ジョンはノエルのダンスのうまさに、改めて闘志を燃やし、セスはステージに座り込んで観客目線で拍手を送った。


 ノエルは腰を曲げて笑いながら、セスの肩を抱いて立たせる。


 それがまたファンを喜ばせ、フランス語の黄色い歓声は狂った様な悲鳴に変わる。


 終盤、お決まりのノエルの涙もテオとのハグも終わらせ、アンコールに2回応え、無事にパリ公演1日目を終わらせた。


 マネージャーに急かされて、移動車に乗り込む。


 さすがのノエルも疲労の色が強く、それぞれの部屋で夕食をり、就寝となった。






 翌朝、ランニングを続けるジョン以外は、ゆっくりと起床し、そして公演にのぞむ。


 前日の大成功だった公演の記事は、すでに出回り、ノエルが右手でマイクを持つ映像がテレビのニュースでも放送された。


 ファンの間では、腕を組むノエルとテオの話題で持ち切りだった。


 各国、各都市に移動し、公演とスケジュールを無事に終わらせて行く。


 ジョンが毎朝走りながら発信するSNSは、K-POPに興味のない世代にも浸透し、スポーツメーカーの初心者向けランニングコース紹介に使われた。そして、新しいスポンサーを得るという副産物まで生み出した。


 しかも、時々、立ち寄る屋台やカフェなどが人気のスポットになり、勝手にジョンの映像でCMを作る街や、はては、地域の活性に貢献したと、名誉市民の称号を贈ると連絡してくる都市まで現れた。


 会社側は対応に追われる事になり、ついには金にならない事で忙しくしやがってと代表がブチ切れ、ジョンに買い食い禁止令が出される事態となった。


 飛ぶ鳥を落とす勢いにあるメンバー達の、次の新曲に否応いやおうなしに期待が高まる中、セス1人が、そのプレッシャーと闘っていた。


 夜の公演を終わらせた後、朝方まで作曲作業を行い、仮眠を取ってテレビ出演などをこなす。


 ノエルはセスの負担を減らす為に、さらにテオとの絡みを強め、自分達に話題が集中する様に仕向けた。


 ゼノは、ジョンの買い食い禁止令を笑いに換え、やんわりと名誉市民は迷惑だと伝える。


 話題に事欠かない彼等に仕事のオファーが殺到する。しかし、代表は周りの反対を押し切って、それを最小限にとどめた。


 マネージャーは、ゼノの自分の時間を大切にする性格やセスの疲れやすさ、ジョンの集中力のなさを誰よりも正確に把握していた。


 ノエルとテオは、2人の時間さえ確保していれば大抵のハードスケジュールは消化可能だが、他の3人は、そうはいかないと以前から代表に伝えてあった。


 代表は、マネージャーを信じた。


 決して目先の仕事に飛び付かず、移動で睡眠時間を確保しなくてはならないスケジュールは、可能な限り避けさせた。


 その結果、オファー1つ当りの単価が上がる。 


 そして、ゼノはメンバー達の体調や精神状態をフォローする余裕が生まれ、セスはヒット曲を連発し、ジョンの集中力は持続して1番人気の地位を得た。


 ゼノのフォローのおかげで、ノエルとテオは伸び伸びとした様子をファンに見せる事が出来、代表の思惑通り、メンバー全体の人気を押し上げた。






 テオとトラブルの交際は、ユミちゃんの『トラブルと愛を確かめ合う時間』にはばまれながらも順調だった。

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