第454話 お肌に出ちゃう?


「え! ダメだよー。テオは僕とだけなのー」


 ノエルはテオを引く。


「はい、ノエルに返しますよ。離して下さい」

「ノエルー、3人で組めばイイじゃーん」

「ダメー」

「こっちの手が空いてるんだしー」

「じゃあ、そっちも僕のモノー」


 ノエルがテオの前に立ち、テオの両腕を自分の背後から肩に掛けさせる。


 エレベーターがフロント階に到着してノエルは、そのまま歩き出した。


 テオは後ろからノエルに抱きついたまま、ヨタヨタと付いて行く。


「歩きにくいよー」

「ダメー」


 セスとジョンが合流し、5人とマネージャーは車に向かう。


 ホテル前の移動車に乗り込む時、待ち構えていたファン達から黄色い歓声が飛ぶ。


 止まらないシャッター音の中、ノエルとテオは腕を組んでファンに手を振った。


 車の中で、セスは「見ろ」と、ファンとメンバーが交流出来るファンサイトを開いて見せた。


 そこには、腕を組むノエルとテオの写真と共に『ノエル完治おめでとう。2人は素敵な夜を過ごしたみたい』と、コメントが付けられている。


 見る間に《いいね》が増え、セスはトレンド入り決定だと、鼻で笑った。


「素敵な夜は嘘じゃないよねー?」


 ノエルはテオに微笑む。


「そうだけど……なんか、誤解が」

「あはっ! トラブルに嫉妬しっとされちゃう?」

「トラブルは嫉妬しっとなんかしないけど……僕のファンが泣いちゃうかも」

「そう? じゃあ、テオは両刀って事で」

「何それ」

「女の子も男の子も、どちらもOKって事」

「僕は前から、どっちもOKだよ?」

「そういう意味じゃなくてー」

「ノエル」


 ゼノが2人の会話に割って入る。その顔は少し厳しい。


「いろいろなキャラを設定すると自分が辛くなりますよ。テオは、テオのままにしておいて下さい」

「はーい」


 ノエルは大人しく引き下がった。


 会場までの道中、道々にファンがハングルの書かれたプラカードやメンバーの写真入りうちわを持ち、立っていた。


 「うわ、フランスでも売ってんだー。手を振ってあげてもいいかなぁ」


 ノエルはマネージャーに聞くが、マネージャーはダメだと、首を振った。


「見つかれば追い掛けて走って来ますよ。道が狭いですし、信号も多いので囲まれたら身動きが取れなくなります。危険です」

「えー、じゃあ、隠れてよー」


 ノエルはテオの膝を枕にして横になる。


「ノエル? 本当は疲れているの?」


 テオはノエルの頭をポンポンと叩く。


「うん、心は癒されたけどね。セスがいつも寝ている気持ちが分かったよ」


 ノエルは目をつぶった。


 ノエルが寝る間もなく、車は会場に到着した。出迎えるファンに手を振り、スタッフに挨拶をしながら控え室に入る。


 メイク室でユミちゃんが待ち構えていた。


「おはようー。さ、座って」


 ユミちゃんは、手早くメンバーのスキンチェックを始める。


「あら、今日はノエルとゼノが乾燥しているわね。加湿器を当てて」


 ユミちゃんの指示で2人は加湿器に顔を向け、しばらく待つ。


「セスは良いわね。あら、ジョン、あんたパックでもして来たの? いつになく潤っているわ」

「ううん。走って来た」

「え、あら! 脂じゃない! もー、油取り! いや、洗顔が必要だわ。洗って来て!」 

「え〜ん」


 席を立つジョンにテオが声を掛ける。


「ジョギングして来たの?」

「ジョギングではありません。ランニングです」

「続けていたんだー」

「トラブルに勝ってから、走る喜びに目覚めました!」

「勝ったのはトラブルが二日酔いだった時じゃん」

(第2章第231話参照)


「勝ちは勝ちですー」

「早起き出来る様になったんだね」

「うん。朝はどこの国も気持ちがイイよ」

「今度、僕も誘ってよ」

「じゃあ、明日」

「いや、コンサートの翌日は無理だよー」

「根性なし!」

「根性って……」

「こらー! 早く、顔、洗って来い!」

「はい!」


 ユミちゃんに怒鳴られてジョンは、洗面台に走って行った。


 ユミちゃんは「まったく……」と、ブツブツ言いながら、テオの肌を見る。


「んー?」と、テオの顎を持ち、顔を傾けさせながら、角度を変えてライトを当てた。


「あんた……」

「な、なに?」

「彼女でも出来たの?」

「え!」

「な、わけないか。ねぇ、テオは1トーン上げてね」

「はーい」


 メイク女子達はユミちゃんの指示でバタバタと忙しく動く。


 テオは顔をこわばらせてメンバー達を見回した。


 セスは無表情でテオを無視し、ゼノは肩をすくめて見せる。


 ノエルは、目を見開いて『怖〜』と、口パクで言った。


 ノエルは並んで加湿器の蒸気を浴びるゼノに、小声で聞いた。


「肌を見て、彼女が出来たか分かるの?」

「いやー……経験をしたかって事ですよね?」

「そんな事、メイクさん達には知られていたの⁈」

「さぁ。ユミちゃんだけの特殊能力だと思いたいですが」

「恐るべし、オ・ユミ」

「恐ろしいですねー」

「そこ! 何、コソコソしてんのよ! 次! ゼノ!」

「は、はい!」


 ユミちゃんに呼ばれ、ゼノは直立不動の体勢を取る。


「ゼノー。何、気をつけをしているのさー」


 ノエルが腰を曲げて笑う。


「ノエル! あんたも、早く!」

「は、はい!」


 ノエルも思わず椅子から勢いよく立ち上がった。


 鏡の前に座ったノエルの頭を見て、ユミちゃんは髪に指を入れる。


「伸びるのが早いわね。根元が黒いけど、染め直す? 違う色を入れる?」

「あー、黒に戻したいんだけど」

「そうなの? んー、まあ、ずっと染めていたから少し休ませてもイイとは思うけどー……」

「けど?」

「あんたに黒は似合わないわよ」

「……ハッキリ言ってくれるねー」

「何よ。似合わないモノは似合わないんだから。嘘ついても仕方がないでしょ」


 セスは背中を向けて、クスッと頬を上げた。


 ノエルは、そんなセスの背中をチラ見して「じゃあ、何色が似合う?」と、聞く。


「そうねー、暖色でも寒色でも明る色が似合うわよ。ただ、このツアー中は変えられないからね」

「分かった。でも、帰ったら1度、黒に戻してくれる?」

「まあ、イイわよ」


 全員のベースメイクを終えて、メンバー達はリハーサルに臨む。


 会場は近代的なコンサートホールだが、舞台を取り囲む様に客席があり、舞台の後ろ側をセットで隠した為、真横の観客席は手が届きそうに近かった。


「ここ! 握手が出来るよ!」


 ジョンは舞台の端から手を伸ばしてみせる。


 フランス人スタッフが通訳を通し『危険なので、最前列は空けてあり、客は入らない』と、説明した。


「危険? なにが?」


 ゼノはジョンに説明をする。


「引っ張るファンもいますからね。ステージから落ちたり、ファンが将棋倒しになっても困りますよ」

「なるへそー」

「さすが、オペラにも使われるホールですね。音響がハンパないですね。わー!」


 ゼノはマイクを通さず、大声を出してみせた。


 ジョンも並んで大声を出す。


「ヤッホー!」

「なんで、ヤッホーなんだよー」


 ノエルとテオは笑い転げるが、ジョンは「音響チェックは『ヤッホー』でしょー」と、大真面目だ。


 メンバーと韓国人スタッフが笑う中、セスはステージの端に座り、誰もいない空間を見ていた。 


 穏やかな顔をしているが、ノエルには、とても疲れている様に感じた。 


 ノエルは皆の輪から外れ、セスの元に行く。


「セス? 隣、イイ?」


 ノエルは後ろから声を掛け、セスの隣に座る。


「セス……僕の事を考えている?」

「ああ」

「言ってよ。感情を出してくれないと、僕には分からないよ」

「本当に分からないか?」


 セスは、ノエルを見ずに言った。

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