第426話 やっと会える、らしい…


 40分後、マネージャーがセスの部屋をノックすると、すでにセスは出発の準備を終えていた。


 セスは移動車の中でもパソコンを広げて作曲作業を続けたが、画面の音符を見ただけで音が頭の中に流れるセスは、ベッドファンをつけず、ミュートをサイレントにしている為、周囲の人達の目にはまるでゲームでもしている様にしか、うつらない。


 マネージャーはデビュー当時、ファンに手を振らないセスを叱ろうとして、ゼノに止められ、作業中であると知ったくらいであった。


 会場に到着すると、マネージャーが告げる前にセスはパソコンを閉じた。マネージャーはセスの、この無駄のない時間使い方を尊敬していた。


 社内にも、彼を生意気だと評価する者はいるが、彼は紛れもなく天才だと確信していた。


 控え室に入らず、セスは直接ステージに向かう。ステージでは、リハーサルが始まろうとしていた。


「セス、間に合いましたね」


 ゼノが手を上げてセスを迎える。


「当たり前だ」 


 セスはマネージャーに荷物を任せ、マイクを受け取った。


 昨夜の3倍は広い会場で、舞台監督がカメラの位置と動線の説明をする。


 アメリカ最後のコンサートはメンバー達がフランスに渡ったのち、アメリカのテレビで放送される事が決まっていた。


 本番さながらのリハーサルを終え、各自の確認事項を点検してからメンバー達は控え室に戻る。


「あー、疲れたー! ずっと、つりそうな感じなんだよー」


 ジョンは両方のふくらはぎを揉む。


「ジョン、水を飲むとイイよ」


 テオはペットボトルの水を差し出した。


「ありがと。でも、顔が浮腫むくむんだよねー」

「本番中につるよりはイイでしょ?」

「そうだけどさー……」


 ゼノはトレーナーを呼び、ジョンの足を見てもらう。


 トレーナーは、マッサージをしながら「そんなに、硬直していません」と、言う。


「うん、つってはいないの。でも、つりそうで嫌な感じなの」

「何か、予防策はありませんか?」

「ミネラルバランスを整えて、暖めて血流の改善を……」

「公演中に『こむら返り』が起こらない様にして下さい」


 ゼノは少し強い口調で言った。


「はい、ステージ袖にホットパックを用意しておきます。暖めながらなら、なんとか……」

「それは、対処法ですよね? 予防する方法はないのですか?」

「えっと、今、すぐに出来ることは……あ、トラブルさんから薬を預かっていて、その中に……」


 トレーナーは、鞄の中から薬箱を取り出した。


 開けると、湿布や絆創膏、サポーターなどの間に薬の袋が見える。


「確か、この中に……」


 トレーナーは漢方薬を手に取り、箱に書かれている効果・用量を読む。


「……これですね。予防投与も可能と書いてあります」

「ジョンはアルコール綿でかぶれたりと、アレルギーを起こす事がありますが、その漢方薬は大丈夫ですか?」

「……トラブルさんから、どれも症状に合わせて飲ませて良いと言われていますが……」

「僕、今、おでこの薬も飲んでるよー?」

「ああ、そうですよね。その辺りの確認が必要ですかね?」

「そうですね……しかし、私には分かりかねます」


 ゼノはトレーナーから薬を受け取り、トラブルに確認しておきますと、トレーナーを帰した。


 テオに言う。


「トラブルに連絡してもらえますか?」

「う、うん。出来るけど……向こうは夜中だよね」

「協力して下さい」

「うん、分かった」


 テオはスマホを鳴らす。


 トラブルはすぐに応答したが、そこは医務室でも自宅でもなく、どこか暗い夜道を歩いている様だった。


「トラブル? 外にいるの?」


 テオのスマホに、トラブルの顔と自宅近くのコンビニが映る。


 トラブルはスマホを切った。


「あれ? 切られちゃった」


 しかし、すぐにラインが届いた。


『今、夕飯を買って帰り道です。リハ中では?』


「あ、外を歩いてたんだ。えっと、ジョンに薬を飲ませてイイのか、知りたくてっと」

「テオ、それでは伝わりませんよ!」

「え、あ、そうか。えっと、何て打てばイイの?」

「貸して下さい」


 ゼノはテオからスマホを取り、状況を打ち込む。その最中、トラブルから案の定『何の薬ですか?』と、返信が来た。


『ゼノです。テオに代わって説明します』

『はい、お願いします』

『ジョンに、こむら返りの前駆ぜんく症状が出ています。予防の為にトレーナーから漢方薬を受け取りましたが、現在、ジョンは毛嚢炎もうのうえんの薬も飲んでいます。漢方薬と併用して構いませんか?』


 ゼノは漢方薬の写真も添付する。


 トラブルから、すぐに返事が来た。


『併用して構いません。症状が治れば続けなくて良いです。牽引痛けんいんつうが起きてから飲んでも効果はあります』

『了解しました。夜分にありがとうございました』


 ゼノはテオにスマホを返した。


「ジョン、飲んでも大丈夫だそうです。すぐに飲みましょう」

「うん」


 テオは自分のスマホを見て、ゼノの的確な説明に舌を巻いた。


(読めない漢字ばっかり……こんな難しい話を簡単に伝えて、伝わっちゃうんだから2人ともすごいなぁ)


『トラブル』

『今から』

『ご飯』

『なの?』


『はい。代表の奥様に胃ケイレンについて話をして来ました』


『そんなに』

『悪いの?』


『代表は元々、胃腸が弱いです。先日の胃カメラで胃潰瘍が発見されて治療中でした』


『僕達の』

『せいだね』


『いいえ、ストレスは掛かりましたが普段の不摂生の為です。自業自得です』


『トラブルは』

『元気?』

『何を』

『食べて』

『いるの?』


『元気です。サンドイッチを食べています』


『それだけ?』

『しっかり』

『食べないと』

『だよ』


『遅くなったので軽く済ませました。明日、帰国ですね。明後日、ノエルの受診後に会えますか?』


『もちろん』

『だよ』

『連絡』

『くれる?』


『はい。受診後、宿舎に迎えに行きます』


『楽しみに』

『してる』


『私もです。もう寝ます。公演の成功を祈っています。おやすみなさい』


『おやすみ』

『頑張る』

『からね』


『バニーガールのお尻ばかり見ていない様に』


『見て』

『ないよ!』

『トラブルの』

『お尻が』

『見たい』


(あれ? 既読が付かなくなった……最後は削除しておこう……寝ちゃったのかな?)


「テオ、衣装をつけますよ」


 ゼノに呼ばれ、テオは慌ててスマホをしまう。


「待ってー」


 控え室を走り出て、皆を追い掛けた。

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