第548話 ヒザがない


 へへっと、笑って誤魔化そうとする下の3人に代わり、ゼノが謝罪する。


「すみません。先生が来たとうかがって、トラブルの近況が知りたくて」

「そんなもの、俺が伝えに行くと思わなかったのか?」

「あー……先生から正確に知りたくて。代表は私達が心配しない様にしか伝えないと……」

「はあ?」


 眉間にシワを寄せる代表にビビるゼノを助ける為、ジョンが手を挙げた。


「セスが言ったのー。代表は嘘はかないけど本当の事を隠すかもってー」


 代表は(まあ、切断の可能性には触れないだろうな)と、下を向く。


「で? セスに、そう言われて盗み聞きに来たと?」

「はい。申し訳ありません」

「聞こえたのか?」

「いえ、少しも……」

「ジョンが騒ぐから聞こえなかったんじゃーん」


 ノエルは髪をかき上げながらジョンをにらむ。


「聞こえないから騒いでたの!」


 口を尖らせるジョンを尻目に、テオは真剣な顔をしてイム・ユンジュに向き合った。


「先生、トラブルは……その、元気でしたか? 手術はしたんですよね? 足は……」

「テオさん。左足の人工 ひざが定着したら次は骨の再生に入ります。右足の複雑骨折は現地でワイヤー治療がされていますが、もう一度開いてプレートとボルトで固定し直して、最終的にはボルトを……」

「ま、待って下さい! ひざって? 人工って、ひざがないって事⁈」


 テオの反応を見て、イム・ユンジュは代表が両足の骨折程度にしか伝えていないと知った。


「すみません、てっきり……」

「いや。先生、いい機会です。隠し事はせずに正確に、こいつらに教えてやって下さい」

「……分かりました」


 代表は皆を座らせる。


 イム・ユンジュはメダンでヤン・ムンセが行った処置から説明をした。


 途中で、トラブルの潰れた足の部位を絵に描いて伝える。


 テオは聞いていたよりも、ずっと怪我の程度がひどいと言葉を失う。


「左足を切る事になるとしたら、どこから切り落としますか?」


 黙って聞いていたノエルが、突然恐ろしい質問をするので、皆はもちろんイム・ユンジュまでもが驚いた。


「ノエル! 縁起でもない事言わないで下さい!」

「ごめん、ゼノ。だけど、セスが知りたがっているから」


 イム・ユンジュは、この場にいないセスが、なぜ切断の可能性を知っているのか疑問に思う。


 トラブルから連絡を受けたのかと思ったが、恋人のテオが知らないのに、それはないと首を傾げた。


 しかし、セスと聞いて、皆は納得している様子だ。

 

 イム・ユンジュは代表が言いにくそうにしているので、何か事情があるのだろうと、いわゆる家庭の事情に踏み込まないのと同じで、聞き流す事にした。


「人工膝が定着して周りの組織が壊死えし……正常ならば、ひざを残して切る事になります。膝と取り囲む組織に異常が出れば膝の上から、この辺りから切断します」


 イム・ユンジュは自分の太腿ふとももを手で切る仕草をする。


 その仕草に、ジョンは怯えてゼノに抱き付き、テオは目を見開いたままで固まった。


「……あと質問は? お前らが聞いた話は、本来、家族にされる内容だ。ペラペラと話すなよ。特にユミにはな」


 代表は腕を組んだままで見回す。


「分かったら仕事に戻れ」

「はい。失礼します」


 ゼノが皆に立つ様に促して、ドアを押さえる。


 テオが肩を落としたまま出ようとした時、イム・ユンジュは思い出したとテオを呼び止めた。


「テオさん。ミン・ジウに服を送って下さい。下着やTシャツなどを……少なくとも3ヶ月は入院生活が続くと思われるので。あと、無理かもしれませんが新しいスマホを……彼女のスマホは画面が割れてしまっています」

「服は送れるけど、スマホは……」


 新しいスマホの契約などテオには出来ない。


 代表は、それならばと提案した。


「医務室に業務用の白いスマホがあるぞ。一緒に送ってやれ」

「そうだよー。コップとか、可愛いの買いに行こうよ」


 ノエルは明るく言う。


「う、うん。そうだね……」


(僕からなんて迷惑かも……)


 微妙な返事の幼馴染に微笑み返す。


「テオー、迷惑なんて考えないでテオがしてあげたい事をすればイイよ。家に入れるのはテオだけなんだからさ」


 テオはノエルの言葉に、シャツの胸元にぶら下がる青い家の鍵を握りしめる。


「うん、僕がしてあげたい事をするよ。ゼノ、車を出して。買い物に行きたい。トラブルの家によって服を取って来て……日本にどうやって送るの?」

「国際郵便にすればイイだけだよー。先にダンボールを確保しよう」

「OK! レッツゴー!」

「なんで、ジョンが張り切るのさ」

「買い物レッツゴー!」

「あー、買い物したいだけね」

「そろそろ、白菜が美味しい季節だよねー!」

「ジョン! 日本に白菜を送るつもり⁈」

「へ? ノエル、白菜送ってどうするの⁈」

「……なんなのさ」

「セスが白菜鍋を作りたがってる〜。僕は食べたがってる〜」

「はいはい。では出発しますか」

「おい! お前ら! 仕事は……」


 4人は、代表の呼び掛けを知ってか知らずか、そのまま執務室を出て行った。


「あいつら、堂々とサボるつもりだな」


 代表のつぶやきに、イム・ユンジュはプッと吹き出して笑う。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る