第406話 母の誤解


「テオ、隠さなくていいのよ。2人分の朝食と歯ブラシが2本。テオも年頃だし、母さんは理解しているから。でも、隠されるのは気分が悪いわ。怒らないから。ここに誰がいたの?」


(怒らないって、顔が怒ってるしー……もう全部話してしまおうか……トラブルの過去も全部……でも、トラブルに聞かないと……どうしよう……)


 強張こわばった顔のまま答えられない息子を見て、親なのだから理解を示さなくては思いつつ、母は、つい、小言こごとを言ってしまう。


「テオ、テオがした事は正常な男性の証拠よ。外国で気分が解放的になるのも分かるわ。でもね、まあ、ホテル側も目をつぶってくれているのでしょうけど、病気とかもあるでしょう? 銃を持っている人もいるわ。そういう人を部屋に入れるのは感心しないわ」


 目と同じくらいテオの口は開く。


「へ? 母さん、何の話を……?」

「朝までって事は、それなりのお値段の方なのかしら? まあ、そういう方達の方が検査とかは、しっかりしているのかもしれないけれど……でも、母さんはお金を払う関係なんて反対だわ。テオには心から好きな人と、その……結ばれて欲しいわ」

「母さん! すごい、勘違いだから! 僕はそんな事しないよ! その歯ブラシは、あー……昨日の夜と今朝、僕が使った物だよ! なんで、僕がそんな事をすると思うのさー!」

「あら、母さんの勘違い?」

「そうだよ! 大きな勘違いだよー!」

「隠さなくてもいいのよ。今朝、ドアを開けた人なんでしょう? 中性的な……男の人じゃないわよね⁈」


 超のつく、お嬢様育ちの母親から、まさか女性の値段の話が出るとは愕然がくぜんとしながらも、トラブルから話がれた安堵あんどを隠し、こんな話をノエルに聞かれたら涙を流して笑われ、挙げ句の果ては皆に、トラブル共々、しばらく笑い者にされると戦々恐々とする。


「ち、違うよー! 何を考えてんだよー! ひどいなー」

「あら、本当に勘違い?」

「本当だよー。トラ……その人がコールガールに見えたの?」

「いいえ、そういうわけでは……」


 母は赤面して言葉を濁す。


「ごめんなさいね」

「ひどいなー。息子の事、そんな風に思ったなんてー」

「ごめんなさい」

「父さんに言いつけちゃうからねー」

「ダメよー。恥ずかしいわー」

「こっちが恥ずかしいよー」


 テオの母は息子に平謝りしながら、赤面したまま自室に戻って行った。


 テオは歯ブラシを片付け、ベッドに横になる。


(もう、母さんったら……でも、トラブルとそういう話もしておかなくちゃならないよな。母さんはお節介だからトラブルに根掘り葉掘り聞くだろうし。トラブル、嫌がるだろうなぁ。ノエルのお母さんなら、何も聞かずに受け入れてくれる様な気がする……はぁー、ただでさえ前途多難なのに……)


 疲れた頭はテオをひと眠りさせた。


 小一時間して、マネージャーの電話で起こされる。


 洗面を済ませ、昨日より時間を掛けて服を選んで廊下に出ると、すでに全員が集まっていた。


「テオ、遅〜い」

「ごめん、ジョン。おはよ」

「おはようではありませんよ。さ、行きましょう」


 ゼノの合図で全員でエレベーターに乗り込む。


「あれ? 母さんは?」


 マネージャーが答えた。


「ソヨン達と一緒に先に行ってもらいました。会場入りも撮影されますからね。昨日のサプライズはすでにSNSで公式に公開されました。お母様には最前列で今日の公演を見ていただきます」

「僕、コメント聞かれなかったけど?」

「そこは、適当……適切なコメントをつけておきました」

「今、適当って言ったよね?」


 テオのツッコミにノエルが笑う。


「テオちゃーん、考えないのー。それよりもトラブルと何があったのか知りたいなー」

「う……そのうちね」






 メンバー達の乗る移動車は、ニューヨークの渋滞に巻き込まれる事なく会場に到着した。開演5時間前だというのに、多くのファンの姿が見える。


「うわー。彼女達の1人1人と握手したいよ」


 ノエルは早くから集まってくれたファンに感動するが、セスが水を差した。


「お持ち帰りするつもりか」

「セスー、僕がそんな事すると思う? 天使みたいにきよいのにー」


 思いっきりカメラを意識したコメントにセスは鼻で笑う。


「1人に絞れないってか」

「うん、そうそう……って違うでしょ!」

「僕もお持ち帰りしたーい!」


 後部座席からジョンが叫ぶ。


「ジョン、ノエルの食べ残しでいいのか?」

「この際、何でもイイー!」


 ジョンが大声を上げながら車を降りた。当然、ゼノに叱られる。


「2人とも! カメラが回っていますよ!」

「はーい、ごめんなさーい」


 マネージャーは、最近、使えない映像が増えて困っていると聞いていたので、国にいる編集スタッフに心の中でびを入れた。


 控え室に入るとテオの母が待っていた。


「最前列であなた達を見られるなんて夢みたいだわ」

「うん。カメラで撮っているから気を付けてね」

「気を付けてって、何をどうすればいいのかしら?」

「えっと、変な顔してたり……」

「変なって失礼ねー」


 笑うテオの母に、ゼノが助言をした。


「お母さん。お母さんがニューヨークに来ている事は公表されています。ファンもスマホを向けて来ると思いますが、必要以上に愛想を振りまく必要はありません。しかし、冷たい態度を取り過ぎないように気を付けて下さい」

「分かったわ。難しいのね」

「ゼノー、僕はステージから降りてハグしに行ってもイイのかな?」

「はい。でも、飛び降りないで下さい。サンフランシスコのステージよりも高いですからね」

「了解」


 ニューヨーク公演2日目の幕が上がる。

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