第265話 デジャブ


「我々は成人した大人です。他人に管理される必要はない。それが、マネージャーであってもです」


 いつにないゼノの口ぶりにマネージャーは狼狽うろたえるが、しかし、言わなくてはならない事は伝える。


「ゼノ、ゼノの事は信頼しています。しかし、なぜ、全員で行く必要があるのですか? 誰かに写真でも撮られたら…… 意味が分からない。グループ全体を危険にさらしてまで、やる事ですか? 私が今、ここにトラブルを運んできますよ」

「ここには、食材も血圧計もありません。明日、トラブルを家に送り届ける時間もありません。今、このまま出発した方が効率が良い」

「ご両親だとか、ご兄弟に連絡する方が先でしょう!」


 思わず声がうわずるマネージャーと裏腹に、ゼノの声はさらに低くなる。


「また、同じ事を言わすのですか? 私の判断に口をはさまないで下さい。マネージャーの仕事は終わりです。さ、帰って休んで下さい」


 これにはゼノに信頼をおくマネージャーも頭にくる。


「今まで、誰が世話をして来たと思って……」


 つかみ掛かりそうになるマネージャーの前にノエルが割り込んだ。


「あのさ、2人とも落ち着いて。えーと、テオの精神状態が不安定でー……で、それをなおさないとツアーに影響が出ちゃうかなーと思ってー。テオにいい仕事をしてもらう為には、トラブルという不安材料を解決というか……何とか、しなくちゃなーって。でも、トラブルは、ソウルに身内がいないしー…… ゼノ、それを言えば良かったんじゃない?」

「そうでしたか。テオが……」


 マネージャーは拳を下ろした。


「だから、テオを立て直す為でもあるから、行かせてよ。ね?」

「そう言ってくれれば……」

「だよねー。テオが気にするから、ゼノは言わなかったんだよ。トラブルに身内がいないっ……ソウルに身内がいないって事は、個人情報だし。ねー、ゼノ?」

「……はい。テオの件は聞かなかった事にして下さい」

「分かりました。明日、10時に迎えに来ます」


 マネージャーは、帰って行った。


 ノエルは、ソファーでため息をきながら顔を覆うゼノを見下ろす。


「ゼノー、ゼノが喧嘩腰けんかごしなんて、どうしたのさ」

「すみません。この数週間、体も頭も神経も疲れていて……ノエル、助かりましたよ」

「ゼノこそ休んでいれば?」

「いえ、私はトラブルと写真を撮られた場合の生贄スケープゴートなので……」

「まったく、責任感ありすぎだよ。さてと、テオの荷物はー」


 メンバー達は、それぞれ1泊分の荷物を持ち、ゼノの車に向かった。





 テオはトラブルの足を膝枕して、意識の戻ったトラブルと読唇術の練習をしていた。


「3文字くらいの単語なら何とか分かるなー。文章は全然分からないよ。あ、今、悪口言ったでしょう。そういうのは、分かるんですよー」


 テオはそう言って、トラブルのおなかをくすぐる。


 トラブルは、笑顔で身をよじり、2人は笑い合った。


 ノエルが後部座席のドアを開けた。


「お待たせ。イチャイチャしちゃって、お気楽だなー」


 テオのカバンを渡す。


「ありがとう。マネージャーは何か言っていた?」

「ううん、大丈夫だよ。えっと、どうやって3列目に座ろうか……」

「ノエル、ジョン、後ろを開けてまたいで乗って下さい」

「了解」


 セスが助手席に乗り込み、後ろのトラブルに聞く。


「お前んは、何があるんだ?」


 トラブルはセスに向けて、口を動かす。


「あ? テオ、なんて言ってる? 暗くて、ここから見えない」

「んーと、ちゅーしゃじよー? 違う? ちゃーしゅーりょー? ちーりよりよー?」

「韓国語でお願いしまーす」

「分かんないんだもん!トラブル、手話で言って。調味料! セス、調味料はあるって」

「それは俺にも見えた。食材はゼロか……米は?……米もないのか、女の家じゃないな」


 トラブルは足でセスの座る助手席を蹴る。


「あ? 今のテオか? なんだよ、元気になってんじゃねーよ」


「セス、いつものスーパーに寄ればいいですか?」


 ゼノはハンドルを切りながら聞いた。


「いや、市場で俺を下ろして、反対側で待っていてくれ。あー、米を持って欲しいから……豚、一緒に来い」

「豚って言ったから行かない!」


 ジョンは身を乗り出してセスに噛み付く。


「ジョン、よく自分の事だって分かったね」


 ノエルが感心して言う。


「うわ、デジャヴですよ」


 ゼノが言い、テオも笑う。


「僕も。まったく同じ会話があったよね?」

「あの時は私がセスの策略にハマったのですよ」

(第2章第223話参照)


「なんか、懐かしいな〜」


 セスは鼻で笑う。


「テオ。つい、この間の事だろ?」

「そうなんだけどさ、ノエルが骨折した日から、色々あったなぁって」

「爺さんかっ」

「その会話もありましたねー」

「あった、あったー! セスったらねトラブルが……あ! ううん、何でもない」


 テオが突然、話を止めたので、ノエルは後ろからテオの肩を叩いた。


「セスがトラブルの事、何て言ったの?」

「えっとー、ノエル、あとで教えてあげるね」


 トラブルはテオの太ももにかかとを落としを喰らわす。


っ! トラブル、痛いよー」


「セスがトラブルの事を言って、テオがトラブルに言えないって事は、悪口だね」


 ノエルはトラブルを見下ろしながら言う。


 トラブルもノエルにうなずき、同意した。


「さぁ、着きましたよ。市場を真っ直ぐに抜けた、右側の駐車場で待っていますからね。もし、駐車スペースがなければ、一周して戻って来ます。現金は? カードの使えない店が多いですよ」

「ああ、大丈夫だ。豚、行くぞ」

「また、豚って言ったー!」


 セスが帽子を深くかぶり、外から後ろのハッチを開けてジョンを下ろす。


 2人が市場に消えると、ゼノは車を出した。


「また、酒屋で日本酒につかまらなければいいのですが……」

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