第68話 トラブル再び


 セスの席に誰かが座った。


 テーブルに肘をつき料理をつまんで食べ始める。


 セスが気づき振り返った。そして息を飲む。


「おい、あれを見ろ!」

「ねぇ、あそこ!」


 会場のざわつきとセスの異変でメンバー達も振り向いた。


 セスの席のトラブルはチキンを指でつまみ、あーんと、上を向いていた。



「お、お……お行儀が悪い!」


 テオの言葉にトラブルは上目遣いでニヤリと笑い、指を舐める。


 そして、バッと立ち上がり、テオにハグをした。


「トラブルー!」


 ジョンが笑顔で駆け寄る。


 トラブルは、ジョンとノエルとゼノにハイタッチをして、セスに握手を求める。恐る恐る握り返すセスを引き寄せ、ハグをした。


「お前、どこから現れたんだよ! こっちへ、来い!」


 舞台上の代表が叫ぶが、トラブルはそれを無視して、イ・ヘギョンのテーブルへ行く。


 イ・ヘギョンと握手を交わし、手話で会話した後、抱き合った。


 次に事務局長、作曲家の先生、振付の先生に頭をペコッと下げながら握手をして行く。


 トラブルは舞台へ……上がらず、ソン・シムの元へ小走りに行く。


 おー!と、大道具スタッフに叩かれながら、頭を下げて笑った。


「バイクは? メンテナンスしているか?」


 話は尽きないが、トラブルは次のテーブルへ行き、挨拶と握手を続ける。


 少し髪が伸び、片方の髪を耳にかけている。ふっくらした表情は柔らかく笑顔だ。


「雰囲気変わったね」

「そうですね。すごく変わりました」


 ノエルとゼノは口を開けて見続けた。


(これが、パク先生のいう研磨けんまの結果なのか? 月になれたのか?)


 セスの心を読んだようにテオが言う。


「まだ、月になれてないよ。声は戻ってない」


 メンバー達はテオを見る。


 テオは嬉しそうな悲しそうな顔でトラブルを見つめていた。


「おーい、そろそろ、いいかー?」


 代表は呼ぶが、トラブルはまた無視してユミちゃん達のテーブルへ行く。


 ユミちゃんが立ち上がる。


 トラブルは両手を広げ、ユミちゃんにハグしようと近づいた。と、ユミちゃんの右手が素早く動く。


 パンッ……と、 乾いた音が響く。


 トラブルの頰がみるみる手形に赤くなった。


「バカバカバカバカ! 黙って、いなくなるなんてひどい! 音信不通なんて、ひどすぎる! 平気だと思ってたの⁈ トラブルは平気だったの⁈ 私の事、何だと思っているのよー!」


 ポカポカと叩くユミちゃんの腕を押さえ、トラブルはギュッと抱き締める。


「おーい。イチャイチャは後でやってくれーい」


 代表が待ちくたびれている。


 トラブルはユミちゃんを座らせ、ソヨンに頭を下げて、舞台へ向かった。


 ユミちゃんに叩かれた頰をさすりながら代表の横に立つ。


 まったくと肩をすくめ、代表はマイクに向かい話だした。


「お待たせしました。本当は俺が呼んで、こいつが出て来て、サプライズ!とする予定だったのですが、ぶち壊してくれましたね」


トラブルをにらむ。


トラブルは涼しい顔で前を見ていた。


「契約内容をお話しします。まずは、肩書きは、医務室管理主任。内容は医務室の管理及び火元責任者で年1回の健康診断と、日常的にスタッフと所属タレントの健康管理を行う。特例としてパク先生の介護を第一優先とし、勤務時間は本人が決める。不在時は連絡先を医務室に提示しておく。契約期間は、本日より、俺が辞めさせたいか本人から辞めたいと申し出があった時まで。以上、何か質問は?」


 皆、聞きたいことが山ほどありすぎて発言できない。


 質問はないと見回して「よし、以上で終わり! サインしろ!」


(しろ⁈ )と、代表からペンを奪い取るように受け取り、トラブルは契約書にサインをした。


 司会が二次会の場所の説明を始める。


 トラブルはメンバー達のテーブルへやって来た。


 ジョンが「トラブルも二次会へ行こうよ」と誘うが、セスはそれを遮った。


「パク先生の具合は? 手術はしたのか?」


 トラブルは手話で答える。


安定しています。元々、手術で取り除くのは難しい場所だったので、パク・ユンホは手術を希望しませんでした。今は抗癌剤と痛み止めでコントロールしています。今夜は帰ります。


 セスが皆に通訳をする。


 トラブルはデザートのチョコレートケーキをパクッと口に入れた。


「もうっ」と、テオがナフキンを渡す。


 トラブルはナフキンで指を拭き、いたずら顔でテオに投げ返した。


 トラブルが、じゃと、立ち去ろうとすると、後ろにユミちゃんが立っていた。


 ユミちゃんの顔は泣きながら怒っている。


 トラブルは、くすっと笑い、ユミちゃんをお姫様抱っこして、クルクル回った。


「キャー!」


 トラブルは声こそ出ないが大口を開けて笑いながらユミちゃんを降ろす。


 よろめくユミちゃんを支え、セスに手話をして会場を後にした。


「何て言ったの?」


 ノエルはセスを見る。しかし、テオがつぶやいた。


「また、明日。だって」

「正解」


 セスもトラブルが立ち去った扉を見ながらボソッと呟く。


 ユミちゃんは恋焦がれていた人の違和感を口にした。


「何だか、トラブルじゃないみたい……」

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