第228話 樽酒アウトー!


 ゼノは樽酒たるざけを一口飲むなり驚きの声を上げた。


「何ですか、これ! これは美味しいですねー」

「杉の樽で熟成させたんだと。杉の香りが最高だろ? この香りを嗅ぎながら飲むと、酒のさかながいらないんだよ」


 トラブルも興味津々にクンクンと嗅いでみる。


「どうだ?」


不思議です。ずっと嗅いでいたいですが匂いだけで酔いそうです。


「匂いだけで酔うなよ。安い奴だなー」

「アルコール度数が高いので気をつけた方がいいですよ。顔が赤くなって来てますよ」


 トラブルの頰はすでにピンクに染まって来ていた。


「舐めただけだろ。こっちも味見してみろよ。吟醸酒と醸造酒の違い、分かるか?」


 セスは日本酒の瓶をどんどん開けて行く。


 トラブルの前に、透明な液体の入ったコップが並んだ。


 トラブルは酒を舐めては首を傾げ、セスのウンチクを聞きながら、また舐めるを繰り返した。


 ゼノも、セスの日本酒の知識に感心しながら言われるままに飲んで行く。


 シャワーを終わらせたテオがタオルで頭を拭きながら、利き酒をしている3人を見下ろした。


「何やってんの? それ、日本酒?」

「種類が多くて、どれも美味しいですよ。飲んでみて下さい」

「トラブルも飲んでいるの?」


 トラブルは、後ろにいるテオを見上げた。


「うわっ、トラブル、真っ赤だよ!」


 トラブルの皮膚は、顔から首にかけて真っ赤に発色していた。


 トラブルはテオを見上げたまま、ニカッと笑う。


「酔ってんじゃん! 僕の前では飲まなかったのに……」

(第2章第156話参照)


「セスが勧め上手なんですよ。私は、そろそろリタイヤします」

「なんだよゼノ、もう少し付き合えよ。まったく、ノエルがいないと一人酒かよ」


ノ・エ・ルー。


「ん? トラブル、ノエルがどうしたの?」


 トラブルはゴロンと寝転がり、空中に手を上げて手話をする。その手も真っ赤だ。


ノーエールー、ごめんなさーい。


「え? ごめんなさいって、トラブルのせいじゃないよ」


ちがうー。ごめんなさーいー。


「違う? そういえば医務室でもノエルの事じゃなくて、ごめんって言ってた」

「理由を聞かなかったのか?」

「うん、ユミちゃんが入って来て、話が出来なかったんだ。トラブル、どういう意味なの?」


わたしはー、ダメなのー。


「ダメって? 何の事?」


わぁ、たぁ、しぃ、はぁー……ムリだぁー!


「手話も酔うんだな」

「何て言っているのですか?」

「私は無理だと」

「どういう意味だろう……」

「おい、酔っ払い女、何が言いたいんだ?」


若干のー、気分のー、高揚こうようはー、ありますがー、酔っては、いません。よー!


 トラブルは、手を叩いて大笑いしながらゴロゴロと床を転がる。


「何だ、こいつー! 面白いな!」

「ちょっと、トラブル。もう寝た方がいいよ。ベッドに行こう」

「ベッドは、ジョンが寝てしまっているのですよ」

「ええ⁈ もー、ジョンってばー」

「車から枕と毛布を運びましょうか」


 ゼノは立ち上がり、時々、階段を踏み外しそうになりながら、降りて行く。


「ゼノ、気を付けて。そんなに酔ってるの?」

「いえ。日本酒は足にきますね」


 ゼノとテオは車のハッチを開け、協力しながら寝具を家に運び込む。


 セスは、横になり目をつぶるトラブルを見ていた。


 樽酒を口に運びながら、全身真っ赤になったトラブルの寝姿を酒の肴にする。


(まったく…… 男4人を家に入れて無防備過ぎるだろ……)


「セスー! 手伝ってー!」


 階下からテオの叫び声がした。


 セスが階段を見下ろすと、テオが重そうにマットレスを運び上げようとしている。


「枕と毛布って言ってなかったか?」

「小さく畳めるから、便利だと思ってー。ゼノが酔っ払って力が入らないって言うんだよー」

「ったく、だらしがないなー」


 マットレス3枚と枕、ブランケットをなんとか運び込み、床に広げる。


「あー、買って正解でしたね。快適ですよ」

「ゼノ、先に寝ないでよ。トラブルの場所を開けて。トラブル、トラブル、ほら、マットの上に……よいしょ!」


 テオは、トラブルを転がしてマットに寝かせる。枕をあて、ブランケットを掛けた。


「もう、お酒禁止だよ。ねぇ、セス? さっきの『私は無理だ』ってどういう意味なんだろう……お酒の事?」


「違うだろ。ノエルに謝って、でもノエルの事ではなく、私はダメ、無理って事は、やっぱり日本には行けないって意味だろ。ノエルの骨折に責任を感じても、ツアーに付いてはいけないって悩んだんだろうな」


(……だから、飲めない酒を飲んだのか)


「そんな事、謝らなくてもいいのに……」


 テオはトラブルの真っ赤な頰を撫でる。


 セスは、そんな2人を見ながら樽酒を飲み干した。


 トラブルが、うう……と、うなり始めた。


 何度か寝返りを打った後、苦しそうに自分のTシャツに手を掛け、一気に脱ぎ捨てた。

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